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チワワドラのテレビドラマ愛好世界

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[ 片岡千恵蔵 ] のタグを含む記事

日本人に魂を刻んだ100年目 テレビドラマ歴代『紫頭巾』登場 最初にまつわる「鯉」の57歳から61歳のナゾ 赤穂浪士老夫婦の「笑って死のうぞ」




日本人に魂を刻んだ100年目 テレビドラマ歴代『紫頭巾』登場 最初にまつわる「鯉」の57歳から61歳のナゾ 赤穂浪士老夫婦の「笑って死のうぞ」



そう紫頭巾が現代に必要なのだ!!
大衆の声さえ耳を傾けずに大衆を苦しめる悪党どもを叩き潰す民主主義




日本の文化というものは日本人が日本人に伝えていく

それを行うことは公共放送の役目でした。だがー-

NHKは死んだのさ!、名曲「ハチのムサシは死んだのさ」のように死んだのさ!

アレの生誕100年やコレの生誕120年を伝えるという、公共放送の役目さえ無視し、

日本放送協会を名乗りながら、受信料を奪い取るまるで大詐欺師、

何度となく、日本人迫害や貶め、気運を下げさせ、日本人に嫌がらせを繰り返し

日本の経済に悪影響を与えてくる朝鮮ゴリ押し、

アノ炎上騒動のアンミカも出演のNHK

その癖、さらに極左や偽善で「外国ガー」「世界ガー」を叫ぶ大バカ者

NHKは紅白に反日教育と竹島侵略中の韓国人、さらにビルボードランキング不正バレ(現在も日本で不正継続中w)で大批難中の反日国朝鮮人グループを大量動員(日本のKコンテンツの売り上げに韓鶴子の指示で旧統一教会の信者動員されていると元信者が暴露)

サイボーグ化した顔だけでなく他も嘘だたけの奴らは1組でも大問題だが、
2023年は6組も出場、しかも国民のNHK受信料が奴らに支払われている由々しき事態

そもそも日本の紅白に外国人いらない、出すにしてもせめて特別枠のみ

せめて逆に反日国朝鮮人グループひっこめて、大切な同盟国の米国人歌手を出すべきだ

そのほうが何倍も民意がある。

同時に日本人の出演を大妨害、Nの付く極左団体と朝鮮人に迫害される日本人、

12月に紅白に大量動員を正当化するためにNHKと民放が連携したほぼ毎日行われている韓国ゴリ押しの嫌がらせ

Nは日本人の国益の自由さえ邪魔をする

Nの付く極左団体許されざる国賊ぶり大発動

いち日本人として、粛清するべき田沼意次ことNHKを断じて許さない!!ただちに解体またはスクランブル化!




NHKが完全無視しているアノ国民的題材

現代の紫頭巾の出現を期待して

生誕100年の紫頭巾のテレビドラマに迫ります。



前回記事
正規じゃない7人の紫頭巾 コヤツは何者じゃ!新発見・紫頭巾にパクられていた生誕100年千恵蔵映画




ハチのムサシは死んだのさ





日本人に魂を刻んだ歴代『紫頭巾』テレビドラマ 民放時代劇で30パーセントお化け番組の奇跡






1923年に1本目が公開され、ヒットを記録、その後、40年近く20本近くに及び映画

映画史を代表する大スターや名匠が制作に携わってきた事実上の国民的題材はテレビドラマ(テレビ時代劇)へも引き継がれています。



<歴代『紫頭巾』のテレビドラマ 確認できるもののみ>

『紫頭巾』 1954~1958年の間、制作な年数不明 出演=尾上鯉三郎 放映=TBS系「KR」とあるため 尾上は紫頭巾なのか不明 あいまいなデータだが映像化の記録があるため記載 分数不明
『紫頭巾(1961)』 1961年 全15回 30分枠 出演=夏目俊二   制作=宝塚映画 放映=フジテレビ系
『紫頭巾(1972)』 1972年 全26回  出演=浜畑賢吉、新藤恵美、和田浩治 制作=松竹 放映=東京12チャンネル(現テレビ東京系)
『江戸を斬るII』 1975~76年 全28回 西郷輝彦、松坂慶子、春川ますみなど 松坂の紫頭巾は全話 視聴率は好評 製作=C・A・L、放映=TBS系 
『江戸を斬るIII』 1977年  全26回 出演=西郷輝彦、松坂慶子、松山英太郎など  松坂の紫頭巾は全話 視聴率は好評 製作=C・A・L、放映=TBS系

『江戸を斬るIV』 1979年 全26回 出演=西郷輝彦、松坂慶子、ジュディ・オングなど 平均視聴率25.0%、最高視聴率36.7%の大ヒット 製作=C・A・L、放映=TBS系
『江戸を斬るV』 1980年 全26回 出演=西郷輝彦、松坂慶子、松山英太郎など 松坂の紫頭巾は全体的に出演 出演= 平均視聴率23.7%、最高視聴率31.6%の大ヒット 製作=C・A・L、放映=TBS系
『江戸を斬るVI』 1981年 全28回 西郷輝彦、松坂慶子、由美かおるなど 松坂の紫頭巾は半分以下 視聴率は好評 製作=C・A・L、放映=TBS系 
『紫頭巾 黄金の秘密』 1982年 時代劇スペシャル枠 監督=山下耕作、主演=高橋英樹 製作=東映、フジテレビ 放映=フジテレビ系
『紫頭巾 京洛の大粛清』 1982年 時代劇スペシャル枠 監督=工藤栄一、主演=高橋英樹 製作=東映、フジテレビ 放映=フジテレビ系
10


*江戸を斬るの1本目の『江戸を斬る 梓右近隠密帳』は紫頭巾が登場しません。2本目から6本目です。
*分数不明、30分枠の表記以外は1時間枠
*紫頭巾は水戸黄門などにも数度登場しますが、上記以外はゲストです。ゲストとしては水戸黄門(第39部)の第4回「天誅!紫頭巾参上-近江八幡-」、2008年の11月まで登場しています。紫頭巾そのものは原作を飛び越えて1923~2008年、なんと85年間の大長期間です。

水戸黄門(第39部)の第4回「天誅!紫頭巾参上-近江八幡-」

確認できるテレビドラマの紫頭巾(ゲストのみを含めない)は10つのテレビドラマが確認できます。最低でも10つはあったということになります。

テレビの紫頭巾=松坂慶子が『江戸を斬るII』から『江戸を斬るVI』で演じた雪姫ことおゆき(別の顔は紫頭巾といっても過言ではありません。西郷輝彦が演じる遠山の金さんのヒロイン役、妻役としても登場、テレビの紫頭巾=松坂慶子は2本目から6本目お高視聴率からもわかります。時代劇としては国民的なヒットを記録したためです。実は「江戸を斬る」の1本目の名作『江戸を斬る 梓右近隠密帳』も20パーセントを越す高視聴率でした。

ドラマとしては映画の寿々喜多呂九平の紫頭巾の原作をいじりつつ、女性だったとして部分的に派生させ、流れをつないだとも言えます。成功したため、文句は出にくいわけですが、ミスをしていたら非常に危険、そんな大胆なやり方です。


松坂慶子 雪姫ことおゆき 西郷輝彦 遠山の金さん 寿々喜多呂九平 江戸を斬る 梓右近隠密帳


竹書房の「江戸を斬る」の単行本だった!!




『紫頭巾(1972)』~『紫頭巾 京洛の大粛清』までは視聴していますし、視聴が可能です。


フジテレビの時代劇スペシャルで放送された『紫頭巾 黄金の秘密』と『紫頭巾 京洛の大粛清』は、事実上の前後編であり、前編は東映系の山下耕作、後半は東映系の工藤栄一が監督という豪華なリレー、両者とも名匠、工藤栄一は大友柳太朗主演の1963『変幻紫頭巾』でも紫頭巾題材を監督、映画とテレビでこの国民的題材に関与しています。意外と知らていない地味な実積といえます。

*この頃のフジテレビは韓国が在日のみで薄くだいぶ良かった。まだまだ日本の放送局でした。


同時に時代劇スターとして活躍していた時期の高橋英樹の主演、テレビドラマの自身最大の代表作『桃太郎侍』が1981年に終了(1976~1981)していますが、翌年のもっとも勢いがあったころの主演作です。

『紫頭巾 黄金の秘密』と『紫頭巾 京洛の大粛清』はCS放送の時代劇専門チャンネルで何度も放送されています。個人的にも録画しています。『紫頭巾(1972)』は以前に松竹のCSチャンネルのホームドラマチャンネルで放送されていたものを録画して視聴済みです。

紫頭巾 黄金の秘密 紫頭巾 京洛の大粛清 山下耕作 工藤栄一 フジテレビの時代劇スペシャル





テレビドラマ最初の「紫頭巾」にまつわる鯉三郎の57歳から61歳のナゾ 片岡千恵蔵の紫頭巾が示すありえそうにないシンジツ





尾上鯉三郎は歌舞伎俳優で三代目尾上鯉三郎、1954年から1961年までテレビドラマの出演記録があり、少なくても40本近いタイトルのテレビドラマに出演、大半が助演、歌舞伎俳優との共演が多い

紫頭巾(1954~1958年の間)で演じているとすれば、1897年生まれであり、1954年であれば数えは57歳、1955年は58歳、1956年は59歳、1957年に60歳、1958年であれば61歳、当時としては、ほぼありえない主演の年齢だとわかります。

57歳から61歳の俳優が紫頭巾を演じるものなのでしょうか、しかも当時の57歳から61歳は現代以上に高齢です。しかも助演がメインだった華のない俳優です。

三代目尾上鯉三郎 

一例を出すと、国民大スター片岡千恵蔵(2023年に生誕120年、映画デビュー100年、没後40年)が1958年の東映映画で紫頭巾を演じたときは、なんと55歳、公式主演300本に到達の頃(現存含むと330本越え、現在も長編系世界1位の映画俳優)、当時・最高齢の紫頭巾で、映画の主演俳優としても現役最高齢でした。

片岡千恵蔵は戦前から突き抜けた成果を持つ国民スター、高齢であっても大役の紫頭巾挑戦を東映側が許したわけですが、彼は違います。テレビドラマであってもおかしい過ぎるのです。

ということは紫頭巾(1954~1958年の間)は、ドラマ出演そのものがほぼ助演俳優であることから、尾上鯉三郎以外の俳優が紫頭巾を演じていた可能性が高いように思えます。

紫頭巾(1954~1958年の間)に放送されたと考えられる時代劇の「地蔵笠」、題名的には股旅物だと考えられますが、尾上鯉三郎(三代目尾上鯉三郎)のみの出演記録があります。彼が主演の可能性があるのは、全40本ほどのドラマ出演記録の中でこの2本のみです。それでさえ怪しいわけです。

地蔵笠

歌舞伎のスターでもある名優の尾上松緑(ニ代目尾上松緑)、現在も有名な歌舞伎俳優、テレビドラマでも一定の印象を残す。チワワドラ自身もテレビドラマでも観かけたことが多数あります。花形であることから尾上松緑が紫頭巾が演じてた可能性がありますが、これは推測の域です。ニ代目尾上松緑は紫頭巾が放送された1954~1958年の間に同じTBS系「KR」で多くの主演作があるためです。

ニ代目尾上松緑

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テレビ時代劇の名作、
23時間20分の大大ボリュームが一度に、
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江戸を斬るII




ほんとうにー!!歌舞伎の名優のニ代目尾上松緑がテレビドラマ最初の紫頭巾が浮上のワケ






<ニ代目尾上松緑とTBS系のテレビドラマの1954~1958年の主演作のみ(記録から確認できるもの、KR表記) 出演そのものがほぼ主演>



<ニ代目尾上松緑とTBS系のテレビドラマの1954~1958年の主演作のみ(記録から確認できるもの、KR表記) 出演そのものがほぼ主演>

『次郎吉懺悔』 1956年 前編・後編 有名な鼠小僧次郎吉の題材 懺悔=ざんげ
『鬼坊主清吉』 1957年 前編・後編 原作は岡本綺堂
『芝浜革財布』 1957年 三遊亭圓朝の落語が元のドラマ
『暴れ牛』 1957年 作は北条秀司
『下町』 1957年 日曜劇場枠 *名作映画のリメイク 花柳喜章が2番手
『十七夜』 1957年 日曜劇場枠 *当時も大女優の山田五十鈴が相手役
『冷奴』 1957年   *初代市川中車が相手役、ニ代目は2023年現役の香川照之
『人情噺小判一両』 1957年だと考えられる。
『怨霊の里』 1958年 前編・後編 初代市川中車が相手役
『朝顔物語』  1958年 日曜劇場枠 歌舞伎の大スターの十七代目中村勘三郎が相手役の表記 、藤間紫、名優・沢村国太郎(津川雅彦などの父)も出演
『中山七里』 1958年 *長谷川伸原作の股旅物の有名題材、映画化も多数 八千草薫がヒロインでこれがテレビ初出演 石井ふく子の父の名優・伊志井寛出演 前編・後編の映像化
『彦市ばなし』 1958年  日曜劇場枠 *のちの大プロデューサーの石井ふく子が制作
『冬の人』  1958年 日曜劇場枠 歌舞伎の大スターの十七代目中村勘三郎が相手役の表記 
が制作



*1958年以降も単発中心に主演作はありますが、区切っています。

次郎吉懺悔 鼠小僧次郎吉 岡本綺堂 三遊亭圓朝 北条秀司 花柳喜章

山田五十鈴 香川照之 初代市川中車 藤間紫 

八千草薫 伊志井寛 十七代目中村勘三郎

石井ふく子というテレビドラマ史を代表する大プロデューサーの足跡も感じつつ、


*石井ふく子の上位代表作=「女と味噌汁」、「肝っ玉かあさんシリーズ」、「ありがとうシリーズ」、「渡る世間は鬼ばかりシリーズ」


石井ふく子 女と味噌汁 肝っ玉かあさんシリーズ ありがとうシリーズ 渡る世間は鬼ばかりシリーズ

1954~1955年の出演がないことから、ニ代目尾上松緑が紫頭巾を演じているとすると1956~1958の可能性が高そうです。現在は東芝ではなくなりましたが、TBS系の日曜劇場枠は継続中、ちなみに2023年は堺雅人主演の『VIVANT』が民放最大のヒットを記録世帯19.6%を記録、これも日曜劇場枠です。

堺雅人 VIVANT 日曜劇場

この上記の出演履歴からも紫頭巾(1954~1958年の間)は尾上松緑主演の可能性があります。

一方で、紫頭巾は田沼政治の問題を露呈させ粛清に動く、反権力の社会的な背景も描かれますが、娯楽要素強めに描かれることが多め、娯楽系に歌舞伎俳優のニ代目尾上松緑が主演したのか、少々の疑問符が残ります。

田沼政治






歌舞伎の名主演俳優・八代目松本幸四郎(初代松本白鸚)に垣間見る「歌舞伎俳優の娯楽作品の主演の真実味」





テレビ初の「紫頭巾」(1954~1958年の間)は尾上松緑主演の可能性がある同時期、映画界では八代目松本幸四郎(のちの初代松本白鸚、テレビドラマだと「黄金の日々」や「王様のレストラン」などの二代目松本白鸚や「鬼平犯科帳」の二代目中村吉右衛門の実父)は忠臣蔵映画などに主演しています。


八代目松本幸四郎 初代松本白鸚 黄金の日々 王様のレストラン 二代目松本白鸚 鬼平犯科帳 二代目中村吉右衛門


松竹風な歌舞伎に配慮した要素もありますが、全体は娯楽映画です。八代目松本幸四郎とて娯楽作を普通に演じていることからも、少々な疑問符さえ消し飛びます。

文芸的な時代物が多い中で特に目立つのが股旅物の人気作『中山七里』は娯楽作です。この題材は大作家長谷川伸の原作であり、名優・沢村国太郎(津川雅彦などの父)が主演映画で1930年代に初映像化を実現させ、事実上の代表作の一つでもあります。

中山七里 長谷川伸 沢村国太郎 津川雅彦



<八代目松本幸四郎(初代松本白鸚)の主演映画計7本 松竹6、東宝1>

1953『花の生涯 彦根篇 江戸篇』  井伊直弼役 オールスター 
1954『忠臣蔵 花の巻・雪の巻』(松竹版)  大石内蔵助役 オールスター&名作 大曾根辰夫(辰保)監督
1955『荒木又右衛門(1955)』  荒木又右衛門役 豪華キャスト
1959『花の番随院』  幡随院長兵衛役  オールスター
1960『敵は本能寺にあり』  明智光秀役 豪華キャスト
1960『天下御免』  大岡越前役  豪華キャスト
1962『忠臣蔵 花の巻・雪の巻』(東宝版)  大石内蔵助役  オールスター&名作 稲垣浩監督




さすが幸四郎、説明するまでもない(膨大になるので説明はしません)、7つの主演全てが有名な役柄です。ですが、明確に成功した映画は大ヒットした1953『花の生涯 彦根篇 江戸篇』と1954『忠臣蔵 花の巻・雪の巻』(松竹版) 、1962『忠臣蔵 花の巻・雪の巻』(東宝版) の3本、7本中の3本は十分な成功といえます。大石内蔵助に相当する役柄は歌舞伎の題材でも演じています。

豪華キャストは、オールスターキャストよりも、名優数が劣ります。

個人的にはある程度の成功といえると考えますが、主演本数が7本と少なすぎるため、まだ当たりやすい状況があり、ある程度の成功といえつつも大きな評価ではないといえます。7本の中で1955『荒木又右衛門(1955)』はCS放送であまり再放送されていないレア作品です。


上記なしの1957『「元禄忠臣蔵 大石最後の一日」より 琴の爪』は大石内蔵助ですが、二代目中村扇雀(のちの四代目坂田藤十郎が主演です。唯一の歌舞伎と映画(出演100本越え)の両名優(マスコミが「金がー」で反大衆を叫んで、大誇張の大谷により50年以上前に二刀流大成功の名優)となったニ代目中村鴈治郎の子であり、中村玉緒の兄、『花の生涯 彦根篇 江戸篇』はNHKの大河ドラマの記念すべき1作目の『花の生涯』の元になった映画で、原作も同じ舟橋聖一です。


「元禄忠臣蔵 大石最後の一日」より 琴の爪 二代目中村扇雀 四代目坂田藤十郎 中村玉緒 花の生涯 彦根篇 江戸篇 

花の生涯 舟橋聖一 二刀流名優






”男性の老け役の大名手”の忠臣蔵が描く人生賛歌 老夫婦の夫の死を目前とした”良き別れ”を撮る日本史上上位の大撮影者




上記の八代目松本幸四郎(初代松本白鸚)の流れで展開します。


1954年の松竹時代劇映画の『忠臣蔵 花の巻・雪の巻』、最高齢の赤穂浪士(四十七士)の堀部弥兵衛の薄田研二(堀部弥兵衛が最大の当たり役の”男性の老け役の大名手”、大映、松竹、東映の大手3社で大役の弥兵衛を演じています。また戦前から千恵蔵映画の助演俳優としても大きく貢献)とその妻役の毛利菊枝(おばあさん役を得意とした名女優)の老夫婦の最後のシーンが印象に残ります。



老体ながら泣き主君に合わせるある 討ち入りに参加できる「笑って死ねる」喜び

*もちろんここでいう笑うは自虐や自己肯定の気色の悪いヘラヘラはありません。



あの頃映画 忠臣蔵 花の巻・雪の巻 [DVD]

3時間8分版がDVD化、公開時は4時間越えだったとされています。ですが4時版は視聴できません。上の画像リンクから物品だけでなく、プライムビデオも見られます。



最高齢の赤穂浪士 堀部弥兵衛 薄田研二 毛利菊枝

松竹だからできたのか、老夫婦の夫の死を目前とした”良き別れ”とは何なのか!!
コレが日本映画の凄さの一つです。

複数の面において、米国を上回るっていわれる最盛期の日本映画(特に1950年代とも)は実に多彩でした。


監督は戦後の松竹時代劇のナンバーワン監督の大曾根辰夫(大曾根辰保)、戦後の松竹時代劇映画の最多オールスター監督数を記録、文芸系も監督していましたが、松竹らしい繊細さも含んだ娯楽時代劇を得意とした巨匠です。

大曾根辰夫 大曾根辰保

全体左系の巨匠の小津安二郎や木下恵介、小林正樹などの存在より控えめですが、松竹もようやく大曾根監督の評価を持ち上げはじめています(CS放送関連などで実積も含め取り上げる)作家性は薄いのですが、大ヒットが複数ある事実があります。彼以上に東映の松田定次はもっと再評価されるべき監督です。

小津安二郎 木下恵介 小林正樹

大曾根監督がコンビを組んだ日本史上上位の大撮影者の石本秀雄は、なんと元千恵プロ、彼は元々はマキノですが、千恵蔵に才能を見いだされて大出世した映画人です。片岡千恵蔵の千恵蔵映画の名作を1920年代後半から大映時代の1940年代後半にかけて30本以上(秀作含めると驚異の50越え)も撮影しています。

これだけでも大きいわけですが、戦後は千恵蔵と別れ、松竹時代映画のナンバーワン撮影者として、松竹のオールスター時代劇映画や、松竹時代の最晩年の阪東妻三郎、高田浩吉の主演作を多数撮影し、大きく日本映画界に貢献しました。

現実に松竹映画も片岡千恵蔵の恩恵を受けています。マスコミが完全無視しても、この大事実は消えません。


石本秀雄 阪東妻三郎 高田浩吉





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果たして、テレビドラマ”初代”の真相はいかに!!







テレビドラマの全紫頭巾10本から、生誕100年の千恵蔵映画の紫頭巾を絡め、

テレビドラマの初代紫頭巾をめぐるナゾを追いかけて来ましたが、

果たして、”初代”の真相はいかに

現代の紫頭巾の登場はいつどこだ!!



こうして、紫頭巾と互いに記念すべき、生誕100年が暮れてゆくのです。





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関連タグ : 紫頭巾, 尾上松緑, 尾上鯉三郎, 松本幸四郎, 松坂慶子, 大曾根辰夫, 高橋英樹, 薄田研二, 石本秀雄, 片岡千恵蔵,

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[ 2023/12/25 20:01 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(15)

正規じゃない7人の紫頭巾 コヤツは何者じゃ!新発見・紫頭巾にパクられていた生誕100年千恵蔵映画





正規じゃない7人の紫頭巾 コヤツは何者じゃ!新発見・紫頭巾にパクられていた生誕100年千恵蔵映画







7人の紫頭巾

5人のこやつは何者

そしてほぼ新発見

シンプルだが奥深い

はず・・・・

こうしてテレビドラマにつながる紫頭巾

「正規じゃない7人の紫頭巾 こやつは何者じゃ!新発見・紫頭巾にパクられていた千恵蔵映画」スタートです。






前回記事
2023年生誕100年の祝「紫頭巾」映画19本40年、関連7本の国民的なシンジツ 生誕120年「影法師」三百本のゲンジツ






映画「紫頭巾」 19本40年の正規作と派生作






紫頭巾の初の映像化は1923年、2023年100周年、しかも原作者有からスタートの有名題材としては当時あまり多くなかった功績のある題材、あえて今回の記事で取り上げた理由のひとつです。


紫頭巾


映画の「紫頭巾」 19本40年の正規作と派生作

1923 『紫頭巾浮世絵師』 製作=マキノ映画製作所 *当時として大ヒットの名作
 監督=牧野省三、金森万象 原作、脚本=寿々喜多呂九平 出演=市川幡谷、勝川又蔵(3役)
1926 『佐平次捕物帖 新釈紫頭巾 前篇』 製作=マキノプロダクション 
 総監督=マキノ省三、監督=沼田紅緑 原作、脚本=寿々喜多呂九平 出演=市川右太衛門、武井龍三
1926 『佐平次捕物帖 新釈紫頭巾』 後篇 製作=マキノプロダクション 
 総監督=マキノ省三、監督=沼田紅緑 原作、脚本=寿々喜多呂九平 出演=市川右太衛門、武井龍三
1926 『佐平次捕物帳 紫頭巾(総集篇)』   製作=マキノプロダクション *96分尺で国立映画アーカイブ所蔵
 総監督=マキノ省三、監督=沼田紅緑 原作、脚本=寿々喜多呂九平 出演=市川右太衛門、武井龍三
1931 『紫頭巾(1931)』  *原作表記なし、寿々喜多自身が監督
 製作=帝国キネマ 監督、原作、脚本=寿々喜多呂九平 出演=雲井竜之助、望月礼子 

1933 『江戸姿紫頭巾』 製作=宝塚キネマ 
 監督=後藤岱山 原作、脚本=伽羅三平 出演=原駒子、水原洋一
1935 『密使紫頭巾 前篇』 製作=大都映画
 監督=勝見正義、益田晴夫 原作、脚本=桐沢清子 出演=琴糸路、尾上英次郎
1935 『密使紫頭巾 後編』 製作=大都映画*記録はないが、前編があるため、後篇も公開されたと考えられる
 監督=勝見正義、益田晴夫 原作、脚本=桐沢清子 出演=琴糸路、尾上英次郎
1936 『紫頭巾(1936)』 製作=全勝キネマ 
監督=山口哲平、山田兼則 原作、脚本=那智朱次郎 出演=市川松之助 松本栄三郎
1938 『御存じ紫頭巾』 製作=新興キネマ(京都) 
監督=木藤茂 脚本(事実原作も)=原健一郎 出演=羅門光三郎、高山広子
10
1939 『謎の紫頭巾』  製作=大都映画   *駅前シリーズの佐伯幸三の監督
監督=佐伯幸三 原作、脚本=青戸隆幸 出演=松山宗三郎、東竜子
1939 『紫頭巾(1939)』  製作=極東キネマ  *末崎精二の3役
監督=末崎精二 原作、脚本=蒲原十郎(末崎のペンネーム) 出演=中野伝次郎 小浜美代子
1949 『佐平次捕物帖 紫頭巾』 製作=C・A・C、配給=東宝  *国民巨星・阪妻と大河内の唯一の共演作、オールスターキャスト
製作と監督=マキノ正博  脚本=八尋不二 原作=寿々喜多呂九平 出演=阪東妻三郎、大河内傳次郎
1949 『佐平次捕物帖 紫頭巾 解決篇』  製作=C・A・C、配給=東宝 
製作と監督=マキノ正博  脚本=八尋不二 原作=寿々喜多呂九平 出演=阪東妻三郎、大河内傳次郎
1949 『怪傑紫頭巾 総集版』  製作=C・A・C、配給=東宝  *佐平次捕物帖 紫頭巾とその解決篇の総集編
製作と監督=マキノ正博 脚本=八尋不二  原作=寿々喜多呂九平 出演=阪東妻三郎、大河内傳次郎
15
1957 『姫君剣法 謎の紫頭巾』 製作=新東宝 
監督=毛利正樹 脚本=岸松雄 原案=浜田裕輔 出演=宇治みさ子、若山富三郎
1957 『謎の紫頭巾 姫君花吹雪』 製作=新東宝  『姫君剣法 謎の紫頭巾』から4カ月後公開の後編
監督=毛利正樹 脚本=岸松雄 原案=浜田裕輔 出演=宇治みさ子、若山富三郎
1958 『紫頭巾(1958)』 東映(京都)  *秀作または名作か、比較的多くの観客を動員、ほぼオールスターキャスト
監督=大西秀明 企画(制作)=玉木潤一郎 脚本=西川清之、高岩肇  原作=寿々喜多呂九平 出演=片岡千恵蔵、大河内傳次郎
1963 『変幻紫頭巾』 東映(京都)  *秀作、名作か 豪華キャスト 巨匠・加藤泰による千恵蔵、大友の先輩後輩主要の独自解釈を実現
監督=工藤栄一 脚本=加藤泰  原作=寿々喜多呂九平 出演=大友柳太朗、片岡千恵蔵
19

*出演は上位2選のみ





変幻紫頭巾 大友柳太朗,丘さとみ,片岡千恵蔵,山城新伍

複数の名シーンの有の『変幻紫頭巾』、書こうとすればかけるのですが。ネタバレはしません。DVD版はリリースされていないよう、このVHS版も今や貴重な存在です。大スター中村錦之助(萬屋錦之介)の活発やお転婆のヒロインを多く演じるなど”東映城のお姫様”ともいわれたヒロイン女優の丘さとみが大人っぽい役柄を演じている部分も特色です。


1958『紫頭巾(1958)』はどちらか言えば正当な紫頭巾の映像化、この1963『変幻紫頭巾』はかなり独自な部分を追求した紫頭巾の映像化に感じられます。


変幻紫頭巾 大友柳太朗 丘さとみ 山城新伍 中村錦之助 萬屋錦之介






映画の「紫頭巾」 19本40年の正規作と派生作の1~19のポイント1







1の『紫頭巾浮世絵師』
市川幡谷が佐平次、勝川又蔵(この映画のみが代表作の俳優)が紫頭巾、その正体の報龍太郎、狩田秀麿の計3役、市川幡谷は正和や亮の父・阪東妻三郎が助演時代の主演俳優で有名です。両名共演の1923年月公開『小雀峠』は現存部分が商品化されています。視聴済みですが、非常に貴重なものです。

紫頭巾の題材の定着や初期の流れのスタートは、日本映画の父(日本映画最初の巨匠)であり、紫頭巾題材の形成に大きく関与した牧野省三(マキノ省三)、原作者の寿々喜多呂九平の存在が特に大きく、

牧野省三(マキノ省三)は監督表記1、総監督表記3を記録し、19本に及ぶ正規と派生、関連の流れを形成、また3本に監督で関与したのちの大スター市川右太衛門が恩人と慕っていた沼田紅緑(戦前の時代劇映画の名匠、若くして死去)の存在も一定で目立ちます。

紫頭巾浮世絵師 市川幡谷 佐平次 勝川又蔵 紫頭巾 報龍太郎 狩田秀麿 小雀峠

牧野省三 マキノ省三 市川右太衛門 沼田紅緑



紫頭巾への牧野省三(マキノ省三)の関与作

1923 『紫頭巾浮世絵師』 製作=マキノ映画製作所 *当時として大ヒットの名作
 監督=牧野省三、金森万象 原作、脚本=寿々喜多呂九平 出演=市川幡谷、勝川又蔵(3役)
1926 『佐平次捕物帖 新釈紫頭巾 前篇』 製作=マキノプロダクション 
 総監督=マキノ省三、監督=沼田紅緑 原作、脚本=寿々喜多呂九平 出演=市川右太衛門、武井龍三
1926 佐平次捕物帖 新釈紫頭巾 後篇 製作=マキノプロダクション 
 総監督=マキノ省三、監督=沼田紅緑 原作、脚本=寿々喜多呂九平 出演=市川右太衛門、武井龍三
1926 『佐平次捕物帳 紫頭巾(総集篇)』   製作=マキノプロダクション *96分尺で国立映画アーカイブ所蔵
 総監督=マキノ省三、監督=沼田紅緑 原作、脚本=寿々喜多呂九平 出演=市川右太衛門、武井龍三





「佐平次捕物帖」は「紫頭巾」の題材、紫頭巾を探る佐平次側の目線を強めに展開しているのと考えられます。これは全体的に少なめですが、紫頭巾とタイトルになく紫頭巾題材に含まれるケースです。


原作の寿々喜多呂九平だけでなく、特に映像化は牧野省三が紫頭巾の生みの親でもあるのです。それは日本にとって重要なものであることを意味します。



佐平次捕物帖







映画の「紫頭巾」 19本40年の正規作と派生作の1~19のポイント2





2~4の『佐平次捕物帖 新釈紫頭巾 前篇』『佐平次捕物帖 新釈紫頭巾 後篇』、『佐平次捕物帳 紫頭巾(総集篇)』
1926『佐平次捕物帖 新釈紫頭巾 前篇』『佐平次捕物帖 新釈紫頭巾 後篇』、『佐平次捕物帳 紫頭巾(総集篇)』で300本主演の市川右太衛門が紫頭巾を演じています。右太衛門と時代劇の名匠・沼田紅緑との名コンビを伝える国立映画アーカイブ所蔵の96分尺が現存していることは大きな意味があります。

佐平次捕物帳 紫頭巾 国立映画アーカイブ

5の『紫頭巾(1931)』
『紫頭巾(1931)』は、紫頭巾の正規の原作者の寿々喜多呂九平自身が監督、脚本、表記はないが原作も担当、現在の制作者たちにこの多彩さができるのか、かなり困難だと思われます。時代劇でこの貪欲さ、現在の制作たちも見習っていただきたい。

紫頭巾(1931)

8の1935『密使紫頭巾 後編』
記録はないが、前篇があるため、後篇も公開されたと考えられますが、これが前篇のみだった可能性も消えません。後者だとすると計19本から18本へ減少します。原作と脚本を共同てで担当されているものが多いが、これは本家の原作である寿々喜多呂九平の影響もあると考えられます。

密使紫頭巾

12の1939『紫頭巾(1939)』
製作は幻の映画会社の極東映画、B級のわかりやすく満足できる娯楽映画を量産し、人気を博しました。この映画の主演俳優の中野伝次郎の芸名は、A・S級スターの大スター大河内傅次郎(新字・大河内伝次郎)の伝次郎から名付けたものと考えれます。中野伝次郎は15本の映画出演が確認、専属契約は1年ほどで終了、現在では考えられないがB級でも厳しい時代、活躍まで届くことができませんでした。

ヒロインだと考えられる小浜美代子は、少なくても映画80本以上(短編から中編が主)に出演したと考えられ、一定の知名度を誇る極東映画の中でも上位に活躍した女優です。極東のヒロイン女優として4年ほどの契約が続き、1936~1941年まで出演のヒロインを貫く活躍しています。監督=末崎精二 原作、脚本=蒲原十郎末崎精二のペンネーム)は下記にて触れています。

紫頭巾(1939) 中野伝次郎 大河内傅次郎 大河内伝次郎 

小浜美代子

当時は戦国時代ともいえる日本映画の中で、小浜美代子のヒロイン女優中心の4年の契約は、在籍していた極東映画がB級系であっても認められた存在だったことを意味しています。







小説家の枠を超えて、映画人でもあった寿々喜多呂九平の脚本家としての少なめの代表作






小説家の枠を超えて、映画人でもあった寿々喜多呂九平の単発のみの代表作、2023年「雄呂血」<4Kデジタル修復版>が初放送されました。原作者のみの代表作は30本を越しますが、「雄呂血」は脚本家としての少なめの代表作でもあります。


■時代劇専門チャンネル■幻のネガフィルム発見!「雄呂血」<4Kデジタル修復版>7/8(土)よる8時 TV初放送


監督は二川文太郎(戦前の時代劇の名匠) 原作・脚本は寿々喜多呂九平 主演は阪東妻三郎(時代劇六大スターの一人、剣劇王、剣聖(七剣聖の一人)ともいわれ、現存版含まないと主演200本近くを記録、歴代ベスト10入りの映画スター(主演俳優)、また田村三兄弟の父)


雄呂血 二川文太郎 阪東妻三郎 時代劇六大スター 剣劇王 剣聖 七剣聖 田村三兄弟








原作・脚本(事実原作も)・原案の「正規じゃない7人による紫頭巾」と原作や原案が寿々喜多呂九平以外の紫頭巾







原作や原案が寿々喜多呂九平以外、または表記なしの紫頭巾と原作・脚本(事実原作も)・原案の人物「正規じゃない7人による紫頭巾」の別な角度から紫頭巾題材の魅力が見えてきます。見えてくるはずです。



原作や原案が寿々喜多呂九平以外、または表記なしの紫頭巾

1933 『江戸姿紫頭巾』 製作=宝塚キネマ 
 監督=後藤岱山 原作、脚本=伽羅三平 出演=原駒子、水原洋一
1935 『密使紫頭巾 前篇』 製作=大都映画
 監督=勝見正義、益田晴夫 原作、脚本=桐沢清子 出演=琴糸路、尾上英次郎
1935 『密使紫頭巾 後編』 製作=大都映画*記録はないが、前編があるため、後篇も公開されたと考えられる
 監督=勝見正義、益田晴夫 原作、脚本=桐沢清子 出演=琴糸路、尾上英次郎
1936 『紫頭巾(1936)』 製作=全勝キネマ 
監督=山口哲平、山田兼則 原作、脚本=那智朱次郎 出演=市川松之助 松本栄三郎
1938 『御存じ紫頭巾』 製作=新興キネマ(京都) 
監督=木藤茂 脚本(事実原作も)=原健一郎 出演=羅門光三郎、高山広子
10
1939 『謎の紫頭巾』  製作=大都映画   *駅前シリーズの佐伯幸三の監督
監督=佐伯幸三 原作、脚本=青戸隆幸 出演=松山宗三郎、東竜子
1939 『紫頭巾(1939)』  製作=極東キネマ  *末崎精二の3役
監督=末崎精二 原作、脚本=蒲原十郎(末崎のペンネーム) 出演=中野伝次郎 小浜美代子
1949 『佐平次捕物帖 紫頭巾』 製作=C・A・C、配給=東宝  *国民巨星・阪妻と大河内の唯一の共演作、オールスターキャスト
1957 『姫君剣法 謎の紫頭巾』 製作=新東宝 
監督=毛利正樹 脚本=岸松雄 原案=浜田裕輔 出演=宇治みさ子、若山富三郎
1957 『謎の紫頭巾 姫君花吹雪』 製作=新東宝  *『姫君剣法 謎の紫頭巾』から4カ月後公開の後編
監督=毛利正樹 脚本=岸松雄 原案=浜田裕輔 出演=宇治みさ子、若山富三郎






原作・脚本(事実原作も)・原案の人物「正規じゃない7人による紫頭巾」

1933 『江戸姿紫頭巾』=原作・1人目・伽羅三平
1935 『密使紫頭巾 前篇』1935 『密使紫頭巾 後編』=原作・2人目・桐沢清子
1936 『紫頭巾(1936)』=原作・3人目・那智朱次郎
1938 『御存じ紫頭巾』=脚本(事実原作も)・4人目・原健一郎
1939 『謎の紫頭巾』 =原作・5人目・青戸隆幸
1939 『紫頭巾(1939)』=原作・6人目・蒲原十郎(末崎精二)
1957 『姫君剣法 謎の紫頭巾』1957 『謎の紫頭巾 姫君花吹雪』=原案・7人目・浜田裕輔





原作や原案が寿々喜多呂九平以外、または表記なしの紫頭巾、明確には、計7名が原作・脚本(事実原作も)・原案の人物が関与しています。

原健一郎は、戦前から戦中にかけて活躍した脚本家(原作者では活躍できず)、蒲原十郎(末崎精二)は一定の活動ができた人物です。伽羅三平、桐沢清子、那智朱次郎、青戸隆幸、浜田裕輔はそれぞれが映画数本のみの無名な人物


原健一郎 蒲原十郎 末崎精二

伽羅三平 桐沢清子 那智朱次郎 青戸隆幸 浜田裕輔



原健一郎は、1929『原田甲斐』(監督数130本越え巨匠・辻吉郎と主演50本越えのスター河部五郎のコンビ、有名な伊達騒動題材、13巻とされる大作)、辻吉郎は戦前を知る映画評論家の証言から、複数の秀作から時代劇の形成へ一定の功績があったといわれる人物

さらに受賞系巨匠・溝口健二(日本の映画監督で初めて世界的に名前が浸透した人物、もちろん黒澤明より前)の1941『元禄忠臣蔵 前篇』や1942『元禄忠臣蔵 後篇』 、巨匠・内田吐夢の1942『鳥居強右衛門』(主演=日本映画を代表する名優・小杉勇 原作は大作家・吉川英治、戦前の日本映画上位の名コンビ・内田×小杉の最終作)などの脚本を手がけました。

・内田×小杉の最終作とは”小杉の単独主演”の表記という意味、1955『たそがれ酒場』は劇中のクレジット表記は津島恵子、野添ひとみの女優に次ぐ3番手表記、ですが、当時のポスターにはトップ表記の主演とあります。

原田甲斐 辻吉郎 河部五郎 伊達騒動

溝口健二 黒澤明 元禄忠臣蔵 前篇 元禄忠臣蔵 後篇 内田吐夢 鳥居強右衛門 小杉勇 吉川英治

たそがれ酒場 津島恵子 野添ひとみ

末崎精二(脚本と原作名義が蒲原十郎)は、監督26 脚本15、原作7が確認できる人物、極東映画(1935年~1941年)のみで名前が確認できる人物で、1939~1941の約3年間に名前が存在しています。極東映画は短編映画を多く制作したいわゆるB級路線の映画会社、子供向けの娯楽作を量産しました。『紫頭巾(1939)』は正規の紫頭巾題材が有名なことからもっとも代表的といえます。




チャンバラ王国 極東 単行本 – 1998/8/1


<引用>

昭和十年から五年間、「明るく愉快に楽しめる」時代劇映画を製作した極東映画、極東キネマ。そこで活躍した米沢正夫、末崎精二監督等へのインタビューやスチール集、俳優名鑑、フィルモグラフィなどを収録。



純粋路線にチャンバラを追い求めたことからチャンバラ王国だろうか。なんと、この書籍、末崎精二自身へのインタビューも掲載されています。数十の映画会社が現れ消えた戦前の日本映画やその芸能の戦国時代の一端を垣間見ることのできる貴重なものです。

チャンバラ王国 極東



原健一郎と蒲原十郎(末崎精二)であっても、現代となっては、映画ファン以外からは名前が知られていない人物、伽羅三平、桐沢清子、那智朱次郎、青戸隆幸、浜田裕輔は映画ファンでさえ知られていない人物です。

「正規じゃない7人による紫頭巾」から、映画人として、無名な人物が、寿々喜多呂九平の原作によるいわゆる正規ではなく、派生の紫頭巾の本数に貢献していたことが、さらに浮き彫りになります。








千恵蔵映画をパクってた!!『武道太平記』は『天下太平記』プラス『武道大鑑』?!






2023年は生誕120年の片岡千恵蔵、映画俳優として多くの世界記録を残していますが、CS放送中心に多くの特集が組まれました。その主演のいわゆる千恵蔵映画はパクられていた。


片岡千恵蔵


1939『紫頭巾(1939)』と同じ、末崎精二の3役で監督=末崎精二 原作、脚本=蒲原十郎(末崎のペンネーム)に1940年『武道太平記』という映画が存在します。


武道太平記』の主演、は東亜3羽鳥(同社上位スター3選)の綾野小路絃三郎(映画通にはおなじみ)、助演に嵐寛寿郎という名前が確認できます。あの時代劇六大スターの嵐寛寿郎と同姓同名の別人、または表記ミスのようです。

武道太平記』は片岡千恵蔵の千恵蔵映画のパクリのように感じられます。

武道太平記  東亜3羽鳥 綾野小路絃三郎 嵐寛寿郎


千恵蔵映画 (1980年)






末崎精二の『武道太平記』は、千恵蔵の膨大な代表作の一つ1928年『天下太平記』(千恵プロ1本目、監督は稲垣浩、原作・脚本は伊丹万作、いきなり高評価されたとされる視聴不可の幻の伝説映画)と1934年『武道大鑑』(監督と脚本は伊丹万作の名作、キネマ旬報ベステン入り、視聴不可の幻の伝説映画、のちの大女優・山田五十鈴がヒロインのお妙役)を組み合わせた題名だからです。


<映画題名のパクリ疑惑>

天下太平記+武道大鑑→武道太平記



まるパクリといわれても致し方ない映画タイトルの掛け合わせ、さらに中身もパクリがある可能性も残ります。パクられることは裏を返せば成功を認める行為、千恵映画の大成功を現代に伝える一つの評価でもあります。


天下太平記 稲垣浩 伊丹万作 
武道大鑑 キネマ旬報ベステン 山田五十鈴 尾上松之助





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アンチテーゼが形成した時代劇 こ・れ・が・現代も続いている大きな功績の一つ 2023年生誕120年の片岡千恵蔵への感謝の念







『天下太平記』は、それまでの尾上松之助(日本最初の大スター、映画も最初)~阪妻のいわゆる剣戟重視の時代劇へのアンチテーゼの要素を強く盛り込んだ時代劇だったとされています。映画の内容は天下泰平だから刀はサブ、これを我で行ったともいえます。剣戟シーンを軸としない展開やその見せ場、明朗時代劇として形にしました。もちろん剣戟シーンを軸としないだけではなく、時代劇劇映画としての鑑賞に堪える質の高さが伴うことで完成を帯びました。



「アンチテーゼ」とはどういう意味ですか?
日本の日常会話では、反対の位置にあるものや対立しているものを表すときに「アンチテーゼ」を使うことがあります。 たとえば「主張A」があったときに、その反対の主張や理論のことを「主張Aのアンチテーゼ」と表すことができます。 Aさんがとある肯定の主張をしたとしたら、それが「テーゼ」です。




これが戦後の時代劇の軸となります。東映の映画最盛期も千恵蔵映画のいわゆる明朗時代劇が下敷きにあり、例えば、明朗時代劇+オールスターなど、組み合わせも展開し、時代劇映画は軽く10億人を越す大成功をしました。

千恵蔵映画による、こ・れ・が・現代まで時代劇が続いている大きな功績の一つになっています。単に殺陣やその見せ場を重視した剣劇映画のみだと、時代劇というジャンルの形成に至らず、1930年代くらいに消えさっていた可能性があります。


現代劇にできない方向の、多彩で幅の広さが時代劇なのです。もちろんこれだけではなく膨大な実積ですが、2023年生誕120年の片岡千恵蔵への感謝の念というものが湧いてきますし、

最低限な教養のある日本人であれば理解できるものだと考えます。時代劇形成の一人であり、さらに最盛期をけん引したことは、日本人が忘れてはならない大事な大事な文化功労者です。









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関連タグ : 紫頭巾, 牧野省三, 寿々喜多呂九平, 小浜美代子, 原健一郎, 市川右太衛門, 蒲原十郎, 末崎精二, 武道太平記, 片岡千恵蔵,

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今回は、驚愕のカメラはとらえていたおば様たちが襲った正和の瞬間、さらに成城学園の恩師の金さん、突如アップの田村の祖母の顔の表情、田村の実兄の田村登司磨さんと田村の愛娘のさきちゃんの謎、さらにさらに、長嶋茂雄と田村の貴重なツーショットの瞬間をカメラはとらえていました。


さらに千恵蔵御大の子供の、日本人が、どぉーしても~、わすれちゃ~ならねぇ~日本映画史上を代表する男女名子役の植木基晴植木千恵と正和についても迫ります。





前回記事「回想・田村正和伝説」 敷地1000坪邸宅の坂本龍馬おやじ VS近所に居そうな西岡おっちゃんさんスゴイ人 名優・佐分利信自ら格下アピール





日本の芸能史に記録と記憶の両方を残す「歴代・親子対決」 田村正和阪東妻三郎 最大のライバル片岡千恵蔵植木基晴植木千恵 記録か芸歴か







息子・田村正和と父・阪東妻三郎の親子は、互いが2023年は生誕120年の記念年の片岡千恵蔵と共演しています。

正和とは2クールの26本のテレビドラマ『世なおし奉行』、阪妻とは現存含むと映画15本ほどの共演、『忠臣蔵 天の巻・地の巻』、『維新の曲』など多数、日本の映像系ナンバーワン主演俳優の千恵蔵に関しては映画ブログの方で取り上げています。

リンク→片岡千恵蔵生誕120年 今後成し得ぬ巨星 随一「主演コンビ名匠40」驚愕「成功名匠24」脅威「二回り下名匠5の激震」

片岡千恵蔵は、長男・植木基晴、戦後の日本映画や最盛期でもっとも活躍した男児の子役、子役の主要キャスト数は最盛期の日本映画で最多の9本を記録、また主演や主要の千恵蔵2本の1000万人観客動員の映画に出演、出演は20本強

植木千恵は、戦後の日本映画や最盛期でもっとも活躍した女児の子役、基晴の妹、映画史上最多の男児役を多数演じる。千恵蔵が主演や主要の1000万人観客動員を記憶した映画に子役最多の5本出演など大記録、子役史上戦後最多の映画約50本に出演、千恵蔵の子供は、映画史上に記録と記憶を残した大物の男児と女児の子役でしたが、残念ながら両名とも子役時代が終わるころに芸能界を引退しています。

その点、阪妻の息子・田村正和は中学生の少年期にデビューしており、子役時代を経験しないことで、活動をやめる機会に至ることがありませんでした。子役として映画史上の歴代記録を残した息子と娘、テレビドラマ最多のヒット作に主演した息子、どちらも記録と記憶の功績は消えません。果たして子供においては、どちらが功績を残したといえるのでしょうか


芸能は年数よりも、その中身が上だからです。50年活動しても中身がない場合はろくな評価を受けませんし、たった5年間でも多くの記録や大功績、知名度を誇るほうが世間体は上になってしまうものだからです。たとえば山口百恵など、活動年数が短く、1970年代の女性系の上位の功績を数路線で残しており、この部類の入りそうです。


田村正和 阪東妻三郎 

片岡千恵蔵 世なおし奉行 忠臣蔵 天の巻・地の巻 維新の曲 山口百恵




極論・芸歴60年強の正和は負けたのか 日本芸能史に燦然と残る大物子役スター兄妹の大衝撃砲 植木基晴植木千恵の驚愕




田村正和は、芸歴60年ほどだったが、生涯で40本強の映画出演、主演は10本、明確な出演の代表作は助演の『永遠の人』『風林火山』などの数本、主演はなし、さらに深く迫ることも出来ますが、映画ではほとんど結果が残せませんでした。一方、植木千恵は子役のみの活動ながら映画出演50本弱、しかもヒット作は20本以上、代表作は軽く10本を越す。これも現実です。


こうした現実から目を背けてはいけません。事実は事実です。


長男・植木基晴
戦後の日本映画や最盛期でもっとも活躍した男児の名子役、片岡千恵蔵の長男、子役の主要キャスト数は最盛期の日本映画で最多の9本を記録、また主演や主要の千恵蔵2本の1000万人観客動員の映画に出演、出演は20本強 日本映画史上の大巨匠の内田吐夢の監督作に5本出演の功績、『血槍富士』、『黒田騒動』、『逆襲獄門砦』(主要で千恵蔵の息子役を好演)、『暴れん坊街道』、『どたんば』、子役概念の時期が終わる頃の1959年に芸能界を引退

長女・植木千恵
戦後の日本映画や最盛期でもっとも活躍した女児の名子役、片岡千恵蔵の長女、基晴の妹、最盛期の映画史上、女児の子役の最多数の男児役を演じる。千恵蔵が主演や主要の1000万人観客動員を記憶した映画に子役最多の5本出演の大記録子役の戦後最多の映画50本強の出演数も大記録、また美空ひばりの名作『ひばりの森の石松』に上位キャストで出演、掛け合いも披露、小学校卒業時期の1960年に芸能界を引退


植木基晴 植木千恵 

内田吐夢 美空ひばり ひばりの森の石松 逆襲獄門砦 血槍富士 黒田騒動 暴れん坊街道 どたんば




植木千恵の計5本の計1000万人以上の観客動員映画

1956『赤穂浪士 天の巻 地の巻』  =大石の娘のおくう役 千恵蔵は立花左近役 準主役的
1956『曽我兄弟 富士の夜襲』 =箱王役  千恵蔵は源頼朝役 主演の東千代之介、中村錦之助に次ぎ3番手の主要
1957『任侠清水港』 =清吉役 千恵蔵は清水次郎長役=主演
1958『任侠東海道』  =千代吉役 千恵蔵は清水次郎長役=主演
1959『忠臣蔵 桜花の巻 菊花の巻』 =大石の娘のお空 千恵蔵は大石内蔵助=主演


赤穂浪士 天の巻 地の巻  立花左近 曽我兄弟 富士の夜襲 源頼朝 東千代之介 中村錦之助 任侠清水港 清水次郎長 任侠東海道 忠臣蔵 桜花の巻 菊花の巻 源頼朝




千恵蔵の長女の植木千恵は、1950年代に日本人が映画館でもっとも観た子役です。なんと出演した映画50本近くで観客動員は軽く1億人を越していたと考えられるためです。1億人よりは1億5000側に近いとも言えます。これは1億人越えは日本映画の子役史上、植木千恵だけだと考えられます。また同時に映画子役の通算最多観客動員です。千恵蔵の凄さは、子供二人が歴代上位の子役、しかも男女、コレもあります。


戦後の日本映画や最盛期でもっとも活躍した実の子供の名子役が男女の二ついる大記録に貢献した千恵蔵と、テレビドラマ史を代表する多作のヒット本数を記録した阪妻の息子の田村正和、果たしてどちらが、どちらとも別な土俵でナンバーワンの記録と記憶の両方を残しています。

正和の兄・田村高廣(映画やテレビドラマの上位の助演をメインとして長く活躍)は長く活動のクレジット表記のトリが任さられた名優ですが、残念ながら、歴代1位の記録や1位の功績や上位も特にありません。田村亮は名優までは・・・疑問符が付きます。

芸能の評価上、テレビよりも、映画のほうが活躍すると評価が格上という事実において、子役のみの10年に満たない芸歴であっても、今後に困難な大記録を2人の男児と女児の子役が残したわけで、千恵蔵側の親子に軍配があるといえます。


現在もマスコミやテレビがこの芸能の大功績の事実を無視(テレビ局が好きな芸能人のみを忖度する事実上の隠蔽)していることも驚きです。歴代子役の超大スター・植木基晴や植木千恵に関しては、詳しく映画ブログの方でもとりあげようと考えています。


前半は田村正和関与の、記録系における親子対決を展開してみました。






田村四兄弟のゲ・ン・ジ・ツ 「役者を継ぐ気はなかった」阪妻の次男の正和の兄・田村登司磨さん





後半は継続系の前回記事からの流れのパートです。



5.41 テロップ 「王将」(昭和23年) 監督 伊藤大輔

前回の記事の最期の↑からの続きです。



田村正和 49歳|プライベートインタビュー

今回は上記動画の5.44からのスタートです。

5.44 ナレ「この時、膝に抱いているのが次男のとしまさん、兄弟の上と下では18歳の開きがある。これはおばあちゃんとの珍しいスナップ」

写真 祖母の顔のアップ 

<コメント>祖母の名前は不明・・・

ナレ「長男高廣さんは役者を継ぐ気はなかった。次男登司磨さんは芸能界ではない道を進んだ」
テロップ  長男 田村高廣
テロップ  次男 田村登司磨さん

ナレ「そして兄二人を追うように俳優になったのが、末っ子の亮さん、その兄弟の中で唯一役者宣言をした正和少年は、自宅での父の衣装合わせや打ち合わせに同席を許された」

テロップ 四男 田村亮

6.18 写真 小学校5年生の頃
ナレ「小学校の頃から能を学び、近所の少年たちとチャンバラごっこをして、父の真似をして遊んだという」

<コメント>小学生のときに能を学ぶことは芸能にとっては良い情操教育だとも伝えてくれています。普段の生活の言葉や音程など違うものだからこそ、感性を刺激するはずです。彼の芸能の肥やしになっていたのか?

田村登司磨さん

6.25 テロップ 京都・嵯峨野小学校 隣りの家に住んでいた 脇野善武さん

脇野「まあ遊びといいましても、当時はチャンバラばっかりでしたね、わたしなんかはちょっとやられ役でしてね。
常に、彼予約?しましたけど、なかなか助けに来てもらえなかったような記憶もありますけど・・」



6.39
テロップ 阪東妻三郎(享年51歳)

田村「僕が九つのときにいなくなってくますからね、親父の姿というものをたまに生きざまも対なものは、今はおふくろ、90歳で元気にしてますけど、おふくろから聞いたりしてそういうものを見てます。あのーおふくろにしては早くにあのー、おやじとおふくろが一つ違いですからねえ50歳の頃に、時におやじを亡くしたわけですけどねえ、やはりまあーああいう世界に生きた人でしたから、きっと、かなり~遊んだでしょう」 残間「んん~」 田「しかし、親父をほんとに尊敬してますしね、母親」 残「う~ん」


田「おふくろは尊敬してて、素晴らしいりっぱな役者のところへ嫁いできたことを、すごく、あの~まっ侍の娘なんですけどね、
えと、とっても、今でも100パーセント幸せだったと」 残「ふーん」 田「いうふうなことを聞いててね」


映像 左に田村の透明の顔のアップ、右側に引きの田村の座る描写

田「そうはいいませんけどね、話を聞いてて、ああよかったんだな、おふくろこれでと思いますね」



<コメント>6,39から部分に着目します。田村と残間のやり取りの中で、田村「きっと、かなり~遊んだでしょう」 残間「んん~」、残間も自分の父親は





田村VSミスタージャイアンツ長嶋茂雄 立教大学の校歌も覚えるほどの大ファン=小声連発のど緊張の田村は完敗か?!





7.42
テロップ 平成5年1月11日 有楽町マリオン
曲 英語曲

ナレ「母親は三男の正和が一番父親の性格に似ているという」

<コメント>大の阪妻ファンだった映画監督の大林宣彦は、高廣が阪妻似ているといっていました。これは性格は含まない見た目と雰囲気という部分だと思われます。

脇野善武さん 大林宣彦 京都・嵯峨野小学校 有楽町マリオン


ナレ「父親阪妻には人間嫌いの伝説があった。うちにかかってきた電話も本人自らが先生は只今ご不在ですときってしまったほど」

テロップ 新春特別試写会

ナレ「田村正和もまた人前が苦手」

8.3 テロップ 大五郎役 壮田優志
「さらに何事にも夢中になる集中力も父親譲り、小学校時代~」



<コメント>大五郎役の壮田優志は、セントラル子供タレントに所属し、小学校の卒業時期に芸能界を引退したようである。映画出演は『子連れ狼 その小さき手に』のみの、また田村正和とはフジテレビ系の長編時代劇の『乾いて候』(1993年)でも共演し、映画とテレビで1本ずつの共演、2023年2月時点で35歳、田村との共演を子役時代の”良い思い出”として、今も覚えていることでしょう。

最高視聴率31.1%を記録した1995年の大河ドラマの『八代将軍吉宗』、22時台ながら最高視聴率23.2%の『恋も2度目なら 第1シリーズ』(1995年、明石家さんま主演)にも出演、一部のドラマファンは認知している存在かもしれません。



壮田優志 大五郎 八代将軍吉宗 恋も2度目なら 明石家さんま







田村VSミスタージャイアンツ長嶋茂雄 立教大学の校歌も覚えるほどの大ファン=小声連発のど緊張の田村は完敗か?!



「小学校時代~」からの続き

8.14 
「~立教大学出身の家庭教師と神宮球場へ行って、六大学野球に夢中になった」

テロップ 長嶋茂雄
映像 長嶋とあいさつする


ナレ「その当時活躍していたのが長嶋茂雄さん、正和少年は立教大学の校歌も覚え、
長嶋選手に熱烈な声援を送り、長嶋選手がプロ野球に進むと、正和少年も大の巨人ファンとなった。

8.38 田村正和のとって長嶋茂雄さんはそれほど、憧れの人
田村「ありがとうございます」
 

<コメント>声が非常に遠い
音 舞台あいさつで会場の拍手


8.44 長嶋「素晴らしい映画で、ほんとに、何年ぶりなんですか?」 田「13年ぶり」(小声) 長「あ、そんなアレですか、それじゃずっとその間(かん)、テレビとか」 「ええ」(小声)


<コメント>田村は長嶋を前に、かなりの緊張しているようだ。これも珍しい場面、長嶋らしい独特なしゃべりが続く、実は田村のしゃべりも影響を受けているのかも、しれないw

壮田優志 長嶋茂雄

長「大五郎とのふれあいとか、いや、敵方では烈堂そのものがね、さいごのあにー生命をたつときに、
大五郎のあの関わり合いの場面なんて泣けてきますよね」




【田村正和】一周忌 Masakazu Tamura【子連れ狼 その小さき手に Kodzure ōkami】前編①ダイジェスト 【慟哭 どうこく】修羅の道へ・・・【追悼】

これは2020年前半に騒がれている問題のあると騒がれているファスト映画とも言えますが・・・






田村親子が通った頃の成城学園中学校や高等学校 元担任・大平金次郎さんが語る 2020年映像から感じる正和少年と愛娘さきちゃんの面影





9.05
ナレ「一度こうと決めたらぜったいにゆずらない頑固さも父親阪妻さんに負けてはいない

学校ではスポーツ万能、勉強もAクラス、記念写真ではいつもいいポジションに収まる静かだが、
意志のはっきりした少年だった」


写真 成城学園中学校の頃

ナレ「中学から成城学園に通いカメラで写真を撮ることに興味を持ったようだ。今もロケ先でホームビデオをよく回している

映像 田村の様々な顔の描写の連続演出

9.37
ナレ「高校時代、兄高広の撮影現場を見学にいったことがきっかけで松竹大船と専属契約」

映像 成城学園高等学校 

ナレ「映画に出演しながらの学校生活で勉強のほうは成績が下がる一方、しかし、スポーツはバスケっとに熱中
、バスケットと映画2足のわらじで高校生活を送っていた」

10.18 ナレ「口数は少ないがいうべきことはびしっという正和少年を同級生の女生徒たちは光源氏とあだ名して
ひそかにあこがれていたという」


10.25 大平「あのー英語を担当しておりましたので」

テロップ 高校時代の担任 大平金次郎さん

大「英語はまあよくできました。読ませますとね、発音がいいんでいいし、声が低いし、渋いんで、、新橋演舞場でやるように、わたしねーよませつときこえないもんでね、もう少し、ちょっと大きいことでしゃべれっていって、それでも聞こえないんで、教壇を降りてそばまで行きましてね。

あのーお嬢さんにさきちゃんというお嬢さんがありますが、たまたま私のクラスになりまして、親子そろって担任したわけですけど、とくにあのー先ほど言いました英語なんか読ませますとね、読み方が正和君そっくりなんですよね、さきちゃんが、先生、今日今日誕生日よなんていっで、そうかいってお花送ったりしましたりしてねー」




<コメント>田村親子そろって、生涯の自慢場足になってしまった元先生、この話をどこでどれくらいしているやら、この映像の時70歳以上なのだろうか 娘のさきちゃん、当時は田村さき(漢字不明)だったようだ。

<コメント>田村正和の愛娘は田村早紀 田村沙紀、田村沙希なのか、それともこれ以外なのかはわかりませんが、よみは「さき」です。芸能系のレポータや芸能関係者などは漢字をご存じかもしれませんが、芸能デビューしておらず、一般人のようなのでこれ以上の詮索はやめておきます。



成城学園中学校高等学校 2020

田村親子が別年代に通ったころの成城学園中学校や高等学校と、この動画の2020年の映像は、大きく違う景色だと思われますが、そのどこかに必ず面影が残っているはずです。



成城学園中学校 成城学園高等学校 大平金次郎さん 新橋演舞場 さきちゃん


さんぽガール 神原もえさん 成城学園前編 Kindle版


この美女?ん。美女なのか!の神原もえさんと田村親子のの成城学園を巡れます。
彼女が美女なのかの疑惑もスッキリ




神原もえ







おば様たちの群れに囲まれる田村 まさに目の前にある危機 まるでいいたいけな少女が狼たちに迫られた






11.16
テロップ 平成5年1月15日 三越日本橋店
「田村正和が成人式の日、母と娘の記念日に招かれた、田村正和にも同世代の一人娘がいる
彼は阪妻さんのように子供に直接意見はしない、しつけや教育はすべて妻にゆだねているそうだ

ドラマでは家族とだんらんする父親、娘と散歩をするシーンを演じることがあるが」


テロップ 「成人式を迎えるお嬢様の集い」

「田村正和はそれをいっさいしない、家庭の中では娘と一切しゃべらず、部屋にこもって、一人で本を読んでいることが多い
自ら出たドラマを家族と一諸に観ることもない、しれぞれの部屋で見た後その感想を聞く、田村正和は家族の中でも、そえほどシャイで照れ屋な夫である」


<コメント>当時で、主催側からお嬢様というのが(笑) しかも引きこもりてきな父親だと伝えるようなナレーションが独特~家庭の中では娘と一切しゃべらず、部屋にこもって、一人で本を読んでいることが多い~から

三越日本橋店 成人式を迎えるお嬢様の集い


12.20 握手する田村
田村「ありがとう」

映像 おばさんたちに囲まれる田村

<コメント>まさに目の前にある危機で、ホラー 少女が狼たちに



ナレ「ちゃんって女の人にもてるだね、拝一刀の子役を演じた大五郎をはあまりの人の多さに驚いていたという」

12.41 聞いている男「魅力を一言でいうと」 女性1「あのワンポーズですよ」

女性2「全部、すべて、性格とか、用紙とか、芝居とか、特に素敵なんで」





子連れ狼 その小さき手に [VHS]



貴重すぎるVHS DVD版やブルーレイ版が求められます。





残間里江子戦 田「さーどうでしょうかー」(小声) 残「気になりませんか?」 田「なりまー、せん」(気になっているように言う)はドローなのか?





12.51 田村と残間の再び対面シーンへ

残間「父親がね田村さんだとあの、うれしい反面制約されることも当然ありますよね」

田村「ですからあのー、一緒に出掛りません。向こうが嫌がります」 残「あーそうですかー」

田「歩いてても離れていきます」 残「んー」 田「ですから、あのーんー、あと日本では一緒に手をつないで、どこか行くみたいなことはまずないですね」 残「んー」 田「したがってだから最初にいったように、ニューヨークに行ったときとかね」 残「えー」 田「ロケで、ローマにいったり、そういうときには必ず呼んで、まその、日本でできない、一緒に、ね!デパートいったり、どこかいったり、というようなことはいろいろ楽しいですけどね」

残「お父さんの仕事はそれこそ、継ぎたいっていう気持ちは?」 田「全然ないですよ」 残「ないですか、もうそろそろあの」 田「今珍しいですよね、みんな仕事持つでしょ」

残「えー」 田「彼女の本だしもなんか」 残「今大学生でしたよね」 田「大学出たらどっかで働くみたいなことを、もう大学出てちょっと遊んだら結婚したいっていってますね」 残「まあそういう意中の人がいるん」 田「さーどうでしょうかー」(小声) 残「気になりませんか?」 田「なりまー、せん」(気になっているように言う)

残「あははは、そうですか、どんな人でもいい連れてくれば?」  田「一応面接はします」、 顔が笑う田村 残「うふふふ」



<コメント>娘のことに対しては自由にしたらいいという気持ちと、良い人生を歩んでほしいという気持ちが交錯する父親の気持ちを感じ取れるやり取りです。田村も俳優ではあるが、普通な父親でもあることが感じ取れます。こうした普通な素顔は知りたくない人もいるかもしれません。







田村正和インタビューで直接対峙した残間里江子の書籍は阪妻親子を語る?





もう一度 花咲かせよう-「定年後」を楽しく生きるために (中公新書ラクレ) 残間里江子 (著)

残間里江子の書籍「もう一度 花咲かせよう-「定年後」を楽しく生きるために」の特に「もう一度 花咲かせよう-」の部分は田村や阪妻とつながる部分があります。

阪妻は稲垣やそのコンビを組んできたライバルの千恵蔵の大影響で再ブレイク、田村正和は1984年からの『うちの子にかぎって…』(田村は小学校の教師役)で再ブレイクし、その後数多くのヒット作へ、1980年代から2000年代の活躍につなげています。



14.08 ナレ「田村正和は・・F1観戦に行くほどの車好きである。愛車を走らせてどこへともなく一人旅を楽しむ」

映像 高速道路をサングラスをかけて運転する車内の描写




>果たして、高速道路をサングラスをかけて運転としゃれこみ、テレビドラマを代表する大スター田村正和の行き先に、何が訪れるのか?






姉妹ブログの新記事 片岡千恵蔵生誕120年 今後成し得ぬ巨星 随一「主演コンビ名匠40」驚愕「成功名匠24」脅威「二回り下名匠5の激震」







伝説の?田村正和のインタビュー後の残間里江子は一体、どっちへ向かったのか!!







フリーアナウンサーなのか、プロデューサーなのか、それとも…

田村とのインタビュー対決を無事にこなしたその後の彼女は一体どうなった。



残間里江子さん(プロデューサー)9月29日OA

引用

静岡放送のアナウンサーを経て、編集記者、会社設立。山口百恵さんの「蒼い時」や、2007年ユニバーサル五輪国際大会のプロデュース。そして、現在は会員制ネットワーク「クラブ・ウィルビー」を運営している。山口百恵さんとの交流や、生島ヒロシさんとの番組のエピソードなど。





田村正和のインタビュー後の彼女は一体どうなったのか。動画の音声は何を伝えてくれるのでしょうか。




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[ 2023/02/25 19:24 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(7)

語る激レア動画「田村正和 ー49歳」”テレビドラマ史最大スタァ”のプライベートインタビューに迫る!!



語る激レア動画「田村正和 ー49歳」”テレビドラマ史最大スタァ”のプライベートインタビューに迫る!!





これほど長期と多くの題材でヒット作に主演したテレビドラマ俳優は誰もいません。

1970年代前半から2000年代中盤まで、実に30年強にわたって高視聴率ドラマに主演し、

その数は15本強、それが田村正和です。

2022年のラストはテレビドラマ史を代表するスター俳優に関する記事です。


田村を含む偶然じゃない運命のキセキのスター、スタァたちが競演




前回記事 イッタイゼンタイ「どうーなってるの?!」偽善国賊おばけNHK打倒 整形芸能人批判の世界上位大女優オカダド正論 真木よう子と水原希子の国賊壺へんげ

前回記事と今回記事のギャップは天と地か?







田村正和 49歳|プライベートインタビュー”歴代最長かこれだけベラベラ自分を話すマサカズ観たことない






番組名は「田村正和 ー49歳」です。

このドキュメンタリー&インタビュー形式の番組は、映画『子連れ狼 その小さき手に』の公開の宣伝としても、制作されたものとみられ、番組最後の製作は関西テレビ放送とCAMEYOと表記され、関西テレビの製作者の名前も確認できます。


田村正和 

田村正和 ー49歳 子連れ狼 その小さき手に 関西テレビ 関西テレビ放送 CAMEYO



田村正和 49歳|プライベートインタビュー


人の宿命や人生というものを考えさえられます。


上記の動画に関しては下記の記事でさらに取り上げていきます。








田村正和 49歳|プライベートインタビュー 千恵蔵と正和の”生涯一度きりの共演”と聖地「嵯峨野」







動画によると、田村正和は9歳まで京都の「嵯峨野」に住んでいたという。この「嵯峨野」は日本映画や時代劇そのもの(映画、テレビなど)にとっても非常に重要な場所です。


田村は1972年放送の『世なおし奉行』(東映制作のテレビ時代劇)で2クールの共演がある片岡千恵蔵御大(2023年に生誕120年の事実上の日本ナンバーワン映画俳優、数多くの映画世界記録を保持)の千恵プロ(=片岡千恵蔵プロダクションの略称、数十のヒットと20本以上の名作を残し、巨匠・稲垣浩いわく、ここまで活躍した映画俳優による会社は世界的に例をみない、世界的な伝説の映画製作会社)と共演しています。


片岡千恵蔵 稲垣浩 千恵プロ 片岡千恵蔵プロダクション


このテレビ時代劇、田村は準主役で千恵蔵の相手役の大役を務め、その後の多数の東映作品への出演へつながっています。個人的には佳作と失礼ながらイマイチな評価をしているテレビ時代劇です。

現代の時代劇や、大河ドラマなどのように細かいことばかりにこだわり、中身が狂い崩壊ような、話も構成、そんな理屈的な内容ばかり、リアリズムだけが時代劇ではない。


このドラマに魅力としては千恵蔵と田村の1度きりの2クールの共演です。これ以外に、一体、何があるでしょうか?日本を代表する映画とテレビを代表する2大俳優、この両名の俳優の競演ぶりを観る時代劇です。


世なおし奉行』は、千恵蔵の多くの当たり役の一つの映画「遠山の金さん」(現存含むと20本)から大胆に風刺し、同代表作題材の股旅要素と絡めたように考えられる内容です。ここに、レギュラー陣のチームワーク、裁き、悪党、事件、事理や人情、明朗要素などが絡んできます。スカパーなどのCS放送において、数度再放送されています。


世なおし奉行 千恵蔵御大 遠山の金さん 股旅


その真の伝説俳優の映画制作会社や撮影所があった有名な場所が「嵯峨野」です。

映画の聖地の一つの「嵯峨野」は田村正和と千恵蔵のこの両名さえも結び付けていきます。





千恵プロ時代―片岡千恵蔵・伊丹万作・稲垣浩 洒脱にエンターテイメント (映画読本) 単行本 – 1997/7/1



田村も影響を受けていた。1920年代後の20代の片岡千恵蔵の写真、未だに高い支持と人気を誇り、2023年に生誕120年、没後40年を迎えます。盟友の伊丹万作や稲垣浩などを中心に、外部からマキノ雅弘(当時はマキノ正博)や伊藤大輔、山中貞雄などを招いても成功を収めた伝説の千恵プロ時代に主軸を置き、実に多くのエピソードが拾われています。


千恵プロ時代―片岡千恵蔵・伊丹万作・稲垣浩 洒脱にエンターテイメント 伊丹万作 マキノ雅弘 マキノ正博 伊藤大輔 山中貞雄



田村の父・阪東妻三郎(本名は田村傳吉、複数の映画歴代ベスト10入りの記録を持つ俳優)と千恵蔵は戦前の1920年代後半からの30年近い国民俳優のライバル、共にで時代劇六大スター、七剣聖、日活三大スター、大映四大スターともいわれ、複数の共演があった父の多くを知る人物、田村自身も父の面影を感じたはずです。彼は某番組(今後どこかで取り上げます)で片岡千恵蔵についても少し話しています。


阪東妻三郎 田村傳吉 時代劇六大スター 七剣聖 日活三大スター 大映四大スター




この時代劇そのものの形成や牽引、日本映画全体を牽引してきた超大物の両名がいなければ、戦後の市川雷蔵などによる眠狂四郎の映画版が存在せず、自身がテレビドラマで40年以上も演じた、時代劇最大の当たり役の「田村版の眠狂四郎」もありませんでした。

市川雷蔵 眠狂四郎の映画版 田村版の眠狂四郎



ドキュメンタリー&インタビュー番組「田村正和 ー49歳」は、彼が出演した全番組の中でもっとも会話をしているように思えます。プライベートや阪東妻三郎こと阪妻(バンツマ)と呼ばれた国民俳優の息子として生まれた人生、

初の出演映画の松竹時代劇『旗本愚連隊』、妻や一人娘について、兄弟、映画舞台挨拶のファンの声援、仲代達矢などの共演者のコメントで構成されています。

しかも、32分付近から28年前の若き日の井上昭が出演しています。


阪妻 バンツマ 国民俳優 旗本愚連隊 仲代達矢







超貴重ドキュメンタリー&インタビュー番組「田村正和 ー49歳」の時系列







田村自身のドキュメンタリー&インタビュー番組「田村正和 ー49歳」の出演時の時系列としては、1993年10月スタートの『カミさんの悪口』(第1シリーズ)(平均視聴率19.9%、最高視聴率23.7%のヒット)と1994年4月スタートの『警部補・古畑任三郎』 (第1期)(だんだんと評判が上昇し、のちのスペシャル版シリーズが30%を連発)の前の時期に位置し、


カミさんの悪口 警部補・古畑任三郎 古畑任三郎


小泉今日子とダブル主演した1991年4月スタートの『パパとなっちゃん』(最高視聴率は連続ドラマの年間ベスト10入りの21.1%を記録)後の時期に「田村正和 ー49歳」に」出演、映画『子連れ狼 その小さき手に』へ主演しました。

パパとなっちゃん 小泉今日子



ちなみに田村正和の映画の遺作は2007年公開の『ラストラブ』です。これは1993年2月の『子連れ狼 その小さき手に』以来、約14年ぶりに出演した映画です。


田村正和の映画の遺作 ラストラブ


F6640邦画ポスター子連れ狼 その小さき手に田村正和古手川祐子荘田優志仲代達矢松竹映画

他派はほぼ売り切れか、貴重なポスター





「田村正和 ー49歳」を含んだ田村正和の映像出演の時系列

テレビドラマ 1993年10月『カミさんの悪口』(第1シリーズ) *高視聴率
↓    ↓
テレビ番組 「田村正和 ー49歳」
映画作品 『子連れ狼 その小さき手に』 *興行は失敗
↓   ↓
テレビドラマ 1994年4月『警部補・古畑任三郎』 (第1期) *高視聴率




テレビ番組「田村正和 ー49歳」と映画作品と、『子連れ狼 その小さき手に』はほぼほぼ同時期と考えられ、「田村正和 ー49歳」はこの映画の告知、宣伝と田村の半生と人物像などにも迫ったドキュメンタリー番組です。

映画の子連れ狼は残念ながらヒットはしていません。彼自身がテレビドラマ俳優として定着してしまい、彼はテレビで観るものだというイメージがこの映画の成功を阻んだ要因の一つと言えますが、口コミとしても、映画自体の評価としてもイマイチでした。

田村は映画デビューから活動をスタートさせていますが、助演では名作に数えるほど、主演においてはほぼ成功できませんでした。




子連れ狼 その小さき手に [VHS]

残念ながらDVDやブルーレイ版は発売されていないようです。








井上昭と「田村正和 ー49歳」 眠狂四郎があってこそ実現した子連れ狼







井上昭監督と田村正和のテレビドラマだと個人的に印象が強いのが、田村正和主演のテレビドラマ『眠狂四郎(1972)』の1話にみられるダークな雰囲気つくり、井上昭は田村正和主演の東映時代劇の『眠狂四郎(1972)』のなどのチーフ監督も務め、その後の「スペシャルドラマ版の眠狂四郎」の監督も複数手掛けています。

井上昭


期間は空きつつも、足掛け20年以上、二人の関わりの印象のほぼ大半が眠狂四郎といっても良いでしょう。



井上監督にとって田村を主演に起用した1993年2月に公開した『子連れ狼 その小さき手に』は1969年の安田道代(現・大楠道代)主演の『関東おんなド根性』以来となる約24年ぶりの、27本目の映画作品です。この24年の間は年数ほど多くの本数はこなしていませんが、テレビドラマ監督を主軸としています。


安田道代 大楠道代 関東おんなド根性

彼は1965~2021(殺すなをテレビドラマとした場合)まで、約56年間に及ぶ、通算がテレビドラマ監督だといえます。


田村正和は、萬屋錦之介(テレビドラマシリーズ)や若山富三郎(映画シリーズ)がそれぞれ自身上位の代表的な役の一つにしている主演の拝一刀役を演じています。


萬屋錦之介 若山富三郎 拝一刀



田村正和写真集 子連れ狼 その小さな手に


実はアマゾンのほうでは残念なことになっていますが、

こちらで購入可能です。
「田村正和 写真集」の商品一覧

田村正和写真集 子連れ狼 その小さな手に







カミさんの悪口』 夫婦とコメディとビジネスの3要素 時に男たちの××






上記で登場した田村正和の代表作の上位10選に含まれる『カミさんの悪口』について取り上げます。


カミさんの悪口』は夫婦コメディ、ホームドラマに位置する作品で、数夫婦が登場し、田村と篠ひろ子の演じる夫婦を軸として展開します。何度となく、夫は妻から追い詰められ、「男はつらいよ」状態へ追い込まれます。好評を得て、続編も制作、さらに1998年には姉妹作的な『カミさんなんかこわくない』も放送されました。


カミさんの悪口 篠ひろ子 カミさんなんかこわくない


『カミさんの悪口』はこちらで視聴可能です、ん、現在視聴できない?!のか
カミさんの悪口【TBSオンデマンド】



チワワドラと『カミさんの悪口』の関しての部分としては、放送当時も視聴していましたが、当時は録画できず、のちのCS放送TBSチャンネルにて再放送されたものを録画しています。最近も部分的に観直しました。




平成(1989~)初期の1993年10月から全11話の1クール放送され、平均視聴率19.9%、最高視聴率はラスト前の10話の23.7%のヒットを記録、当時としては最高視聴率は年間上を記録していた30パーセントの大ヒットとまで届かずに中規模ヒットといえる作品です。第二シリーズは1995年1月からの『カミさんの悪口2』であり、平均視聴率20.3%、最高視聴率は10話の22.1%(香港ロケの後編、ロケ前編もほぼ僅差で下回る高視聴率を記録)しています。


カミさんのわるくち1-1


ビデオカメラで撮影したからOKかもしれない『カミさんの悪口』の劇中からの動画、画質はもちろん悪く、カメラは全体ではなく、チャンネル名は伏せるように撮影されています。TBSチャンネルの再放送の録画か?


カミさんの悪口2


また、劇中は夫婦関係を軸に仕事や職場の同僚や家族関係を添え、特に浮気の疑いが浮上するなど、人間関係は全体的には明るく、特に悲しいことがある構成、夫婦(家族)とコメディ、ビジネスの3要素が強め、時に夫婦関係に悩む男たちの悲観を感じさせます。複雑な要素を田村の主導の役割だからこそ、独特で上手にまとめています。


いわゆる夫婦を押し出した作品ですが、小泉肇の田村正和と茂木修二郎の橋爪功と片桐安男の角野卓造の中年男3人のつるみから”カミさんの悪口”を言うパターン的なシーンがとても印象に残ります。タイトルの『カミさんの悪口』とはこうした場面を元にしているものと考えられます。

小泉肇 茂木修二郎 橋爪功 片桐安男 角野卓造 


カミさんの悪口(1) [VHS]

プレミアム商品です。なんと、¥34,800です。

商品の説明
レビュー
『冠婚葬祭部長』『輝け隣太郎』に続く、日曜劇場シリーズのビデオ化第3弾。『古畑任三郎』でおなじみの田村正和が、女房を相手に闘う中年サラリーマンを好演。
-- 内容(「VIDEO INSIDER JAPAN」データベースより)

演出: 鴨下信一
原作: 村松友視
脚本: 山本清多
出演: 田村正和/篠ひろ子/橋爪功/角野卓造/岡本麗/松本明子/久本雅美
-- 内容(「CDジャーナル」データベースより)




1話はテレビの名演出家や名プロデューサーの鴨下信一です。TBSがテレビドラマのTBSだったころの牽引者の一人です。

鴨下信一

中国や韓国とつながりが深く、政治と宗教がズブンズブンの創価学会(=公明党)の久本雅美も喜劇要員で出演しています。

日本のために、未来のために、自民党はさっさといちいち中国の味方をする公明党と連立を解消するべきだ。



日曜劇場 久本雅美 創価学会 公明党 自民党はさっさといちいち中国の味方をする公明党と連立を解消するべきだ



『カミさんの悪口』の視聴率 当時としては中規模ヒット作

1993年10月~12月『カミさんの悪口』 平均視聴率19.9%、最高視聴率はラスト前の10話の23.7%、20パーセントは全11話中4話を記録
1995年1月~3月 『カミさんの悪口2』 平均視聴率20.3% 最高視聴率は10話の22.1%(香港ロケの後編) 20パーセントは第1シリーズを上回る全12話中6話を記録



なぜ2022年時点ではありえない大ヒットいえる視聴率でありながら中規模ヒットなのかですが、1993年の年間の最高視聴率1位の『ひとつ屋根の下』が37.8%を記録するなど、計5本が30%を越していて、平均視聴率30%近くから25%付近の大ヒットテレビドラマが数本あったためです。

また、『カミさんの悪口』の23.7%は、1993年の連続テレビドラマの最高視聴率の年間10位付近だったと考えられます。

ひとつ屋根の下



1993ChicaBoom "春夏秋冬・朝昼夜"PV。TBS系列「かみさんの悪口」テーマ曲。田村正和主演。


バブル崩壊後ではあるが、日本経済がまだまだイケイケだった雰囲気を感じさせる劇中とOP曲に仕上がっています。



春夏秋冬・朝昼夜 TBS系列「かみさんの悪口」テーマ曲

引用~

1989年、日本社会は「昭和」から「平成」へと新しい元号に変わり、将来への期待もふ くらんだが、そこで進行していた資産価格や地価の上昇は、持続的なものではなかった。 1991年、バブルは崩壊し、日本経済は長期の経済停滞に陥り、雇用情勢は悪化を続けるこ ととなった。









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生誕90年の中村錦之助「マスコミ無視の東映歴代記録」 総勢7人「義経」が去来する造像を超えていく大スペクタクル







ひとりのファンと張本人 旅立つ最後の年の正月 田村正和と美空ひばりのただ一度きりの競演






最後の動画はやはりこれです。

1989年の正月に放送された『パパはニュースキャスターお正月スペシャル』からの動画、美空ひばりとの共演シーン、歴代トップの歌手兼女優とテレビドラマ事実上ナンバーワン俳優、芸能史に残る2大スタァ共演

美空ひばり パパはニュースキャスターお正月スペシャル


田村正和 美空ひばりにサインねだる!



鏡竜太郎



御大と共演以来の再来か、いうまでもないが千恵蔵の東映映画時代の後輩で、忠臣蔵映画や次郎長映画など1000万人のメガヒットの共演が複数あるひばり、千恵蔵らが形成してきた時代劇や現代劇題材の俳優の後輩の田村、


田村は1972年の『世直し奉行』で千恵蔵と共演から、1989年の『パパはニュースキャスター』でひばりと共演、ひばりは(特別ゲスト)表記です。

千恵蔵の後輩であるひばりと田村の初めてで最後の共演、ようやく偉大な先輩と大物の先輩同士の両名がつながったシーンでもあるわけです。非常に考え深さもあります。


美空ひばりは自分役で出演、田村正和演じる主人公の鏡竜太郎が、ひばりにサインをねだる。ドラマ通に有名な名場面です。田村との共演で最後の役目を果たした部分があるのでしょうか?



この年の1989年は、ひばりは舞い上がるように天国へ旅立った。

昭和64年と平成元年が共存する年となり、

昭和から平成へ元号が変わりました。






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関連タグ : 田村正和, 片岡千恵蔵, 子連れ狼, カミさんの悪口, 警部補・古畑任三郎, 小泉肇, 橋爪功, 角野卓造, , 世なおし奉行,

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[ 2022/12/25 21:53 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(8)

千恵蔵の前に千恵蔵なし千恵蔵の後に千恵蔵なし 東谷義和のガーシーchの綾野よ!真剣佑!柏木よ!御大のNHKのアノ言葉を聞け







千恵蔵の前に千恵蔵なし千恵蔵の後に千恵蔵なし 東谷義和ガーシーchの綾野よ!真剣佑!柏木よ!御大のNHKのアノ言葉を聞け







今回は非常に落差のある動画、現代の日本のドラマや芸能に関わる御大による全ての芸能系に通じる教訓にも迫ります。最高の後に最低、最後の最高の流れを展開しているつもりです。過去は現代と今も強く繋がり、先人は情けなくどうしようもない現代人を怒っています。



ドライな切り口と過激な批判を含め、最高な先人と最低な現代人たちへ迫ります。







前回記事⇒芸能高額年俸が報ずる先輩男の背中を追う後輩女 二大刺青からアメリカの顔VS日本の顔






千恵蔵の前に千恵蔵なし千恵蔵の後に千恵蔵なし 歌舞伎の人間国宝や文化勲賞や国民栄誉賞のある程度レベル








片岡千恵蔵の戦前は時代劇の貴公子、日活三大スター(戦前)、大映四大スター(戦中から戦後直後)、戦前から戦後で、七剣聖、時代劇六大スターなど、細かいものも含めると芸能系通算最多の10を越す異名

オールスター映画そのものや、明朗時代劇や股旅時代劇、ナンセンス時代劇(喜劇系やその時代劇へも多大な影響)など、数多くの事実上の”時代劇の形成と、戦前と戦後の最盛期の日本映画そのものを牽引”


国民的「宮本武蔵映画は」題材の形成と定着の現存含む最多の15本強を数え武蔵俳優、戦後は広範囲で”御大”と呼ばれ、最盛期は国内の最盛期最高の”映画1本数億円の出演料”を記録(推定だが現在のお金で4億円か5億円か)


戦前からを含め総観客動員や名作本数最多、国民的「忠臣蔵映画」に30本近くに出演し、最多代表作、最低7000万人以上と考えられる、戦後のみで5000万人以上を記録、最多通産観客動員など大きく貢献したことから、忠臣蔵俳優などと称され、国民的「清水次郎長映画」は時代劇映画史上の年間ベスト10入りのみの最多の6000万人級の観客動員を記録(次郎長4本は年間ベスト10へ、4本ベスト5入りの時代劇映画全体の最多観客動員)など他数々

千恵蔵のギャングシリーズ23本で5000万人(年間ベスト10入りの2本のみで1500万人越え)以上が考えられ、歴代唯一の3題材5000万人の大記録、時代劇と現代劇の同題材の両方の5000万人も歴代で千恵蔵だけの大記録です。

我が国の映像俳優において、もっとも活躍した映画スター、映画俳優、映像俳優です。さらに日本主演俳優で最初に現代劇と時代劇の映画で大きく活躍、主演は総集編や断片を含めないと軽く320本(断片や総集編、再公開などの改修含むと350ほど)を越し、主演で時代劇映画最低でも4億人以上、現代劇映画でも最低7000万人以上が考えられます。

日本映画史上もっとも観客を呼んだ主演の映画俳優です。個人的には時代劇5億強、現代劇は9千万人ほどで、ほぼ1億は記録していないと考えています。

主演数4分の1の単独主演85本の石原裕次郎は、4億台(ほぼフランス映画などの風刺の現代劇)と考えています。映画1本当たりの平均観客動員は日活の後輩の裕次郎のほうが確実に上です。主演本数が100本さえもないので、比べるでもないといえますが、参考に出しました。



これだけでもほんの一部です。彼の功績というものは、大名優の月形龍之介以上に、歴代の中でもっとも簡単に伝えることが困難です。




片岡千恵蔵 月形龍之介




歌舞伎の人間国宝や文化勲賞、国民栄誉賞のある程度レベルや、テレビなどのマスコミの大好きなたいした実積でもないクセに賞がどうちかという、いくらでも金で動かせるもので、「世界が~」「外国が~」の安いフレーズの中身の薄い低レベルは、今後もゴロゴロ出てくるでしょうが、これほどの存在は二度と出てきません。


千恵蔵の前に千恵蔵なし、千恵蔵の後に千恵蔵なし、実は彼の京都のお墓に、生前に深く親交があった人物から、これに通じるある言葉が彫り刻まれています。記事の下記(片岡千恵蔵のお墓は~)に登場。







人間的に完成しなくてはいえない「NHK あの人に会いたい 片岡千恵蔵」 NHKによる日本人への反日と侮辱や大嘘の数々ばれる






NHKで長年放送されている「あの人に会いたい」は千恵蔵死去のときに放送した番組、チワワドラは今回初めてこれを視聴しました。本人が役以外で話しているものは非常に少なく、大変貴重です。これは投稿者に感謝するべき映像と考えます。


NHK あの人に会いたい 片岡千恵蔵



印象に残る部分は多々ありますが、俳優(芸能人全般に通ずる)というものはわかりやすく解釈すると”人間性が大切”だと話しています。1分7秒付近の”人間的に完成しなくてはいえない”(過去現在未来の芸能系全般にいえる)部分であり、現在へそのまま通じます。



インタビューの映像の年数はカラーであることから、1970年代以降(1970年以降に広くカラーテレビが普及)の映像のように思え、1973年で70歳、国民的大ヒット時代劇の名作「大岡越前」に、父親の大岡忠高役の出演時(1部は1970年~)ごろだと考えられ、映像は70代前後、個人的には70歳過ぎの1973年以降だと考察しています。

NHKらしいのですが、ほんの数パーセントのかつまみのみに焦点を当て、大規模な切り取りのみが、代表作だと取り上げていることに、大きな憤りと問題を感じます。

ちなみに動画内で「時代劇俳優」と紹介していますが、完全なNHKのでたらめの大嘘です。事実は現代劇映画でも大活躍、現代劇主演50本以上の歴代20選級の観客動員と、現代劇主演50本以上の代表作本数の的中率歴代1位を記録、特に後者は大記録です。



MHKの立場になると、分数が短いのはわかるのですが、あまりにも酷い内容です。テレビドラマでも数十名の俳優がのちに演じる、「宮本武蔵」(千恵蔵が史上最初に当たり役の大功績)の話も出てきていますが、他は「赤西蛎太」だけとは、ありえない部分だけ構成されています。「宮本武蔵」と「赤西蛎太」を合わせても、上位代表作でさえ10パーセント未満に位置します。


戦後含めると軽く100本を越す映画代表作(個人的なカウントは映画主演俳優世界歴代1位の200本越え)があるのに、これはNHKによる、国民的な彼を評価してきた日本人そのものや、彼自身や日本映画の代表者たち、日本映画そのものや芸能そのものへの強烈な侮辱でもあると考えます。







NHKは10本の世界中に吐いて捨てるほどいる主演俳優も世界上位の代表作100本の以上の主演俳優も同じくらいの実積だと紹介 日本人犯罪ばかり強く取り上げて「国内の外国人犯罪を大規模隠蔽」





数多くの事例を確認していますが、NHKは代表作が10本や数本の世界中に吐いて捨てるほどいる主演俳優も、世界上位の代表作100本の以上の主演俳優も、同じくらいの実積だと平気で紹介する嘘ばかり、ほんとに頭のおかしい狂った放送局です。国民から半強制的に受信料をとりながら、

関わるべきではない反日国と友好という嘘の綺麗ごとで関わり、ほとんどの国民が求めていない反日の中韓を過剰ゴリ押しと優遇し、国民を長年馬鹿にしています。


国内の数十年日本人成りすましの中国人や、30年不法滞在の在日韓国人、北海道の在日韓国人が生活保護不正受給で逮捕などの、許されない多数の外国人犯罪のニュースを国民へ伝えずに隠蔽しているNHKよ、恥を知れ。負担なく契約を切りたいのでスクランブル化を求む。




十年日本人成りすましの中国人 30年不法滞在の在日韓国人 北海道の在日韓国人が生活保護不正受給で逮捕




引用)2022に公開
2021年に全国の警察が摘発した来日外国人(永住者らを除く)は前年に比べ1079人減り、1万677人だったことが24日、警察庁のまとめで分かった。減少は6年ぶり。国別はベトナム4007人(37.5%)、中国2305人(21.6%)の順に多く、2カ国で約6割を占めた。

・コロナの影響で国内の外国人が大きく減少し全体は減少、外国人が戻ってきており、また増える恐れがあり、政府は特に犯罪率の高い国の外国人だけでも留学、仕事含めできるだけ入れるべきではない。直ちにこの法律も求められる。

2021年に全国の警察が摘発した来日外国人 2021年に全国の警察が摘発した来日外国人の総検挙人員


引用)2021に公開された情報
2020年に全国の警察が摘発した来日外国人、総検挙人員1万1756人の国籍等別の内訳は、◇ベトナム:4219人(構成比率35.9%)、◇中国:2699人(同23.0%)、◇フィリピン:765人(同6.5%)、◇ブラジル:508人(同4.3%)、◇タイ:480人(同4.1%)など。



2020年に全国の警察が摘発した来日外国人
 2020年に全国の警察が摘発した来日外国人の総検挙人員



・特に日本の敵国&反日国の中国人が二年連続2300人越えは大恐怖、ベトナム人は二年連続4000人の大台、数のみを見るな、反日かがさらに大きい


数以上に韓国人の犯罪が突き抜けて目立つ。NHKは全国の警察が摘発した来日外国人もテレビニュースでほぼ取り上げない、時間を割いて取り上げるべきだ。



あの人に会いたい







天下太平記 浪漫堂シナリオ文庫 Kindle版





天下太平記 浪漫堂シナリオ文庫 Kindle版




動画内にも登場する、千恵プロ映画の1本目の1928年の名作『天下太平記』の原版フィルムが残されていませんが、1930年代中盤にリメイクされた『戦国奇譚 気まぐれ冠者』は大部分が現存しています。




天下太平記 戦国奇譚 気まぐれ冠者


赤西蛎太 アマゾンプライムビデオ版←リンクから検索出ます(これはリンクが貼れない仕様)





宮本武蔵 赤西蛎太








急伸びユーチューバー東谷義和 人間性にかける人間はただの反社 千恵蔵御大の東映にも出演している綾野剛の暴露 千恵蔵の直後輩の千葉真一の息子の新田真剣佑






片岡千恵蔵は動画の中で、俳優(芸能系)というものは人間性が大切だと話しています。千恵蔵の会社の東映映画に出ている綾野剛や千恵蔵の直後輩の千葉真一の息子の新田真剣佑などに言いたくなる言葉です。綾野剛は千恵蔵の会社の東映映画に出ている、関連がさらに問題を高まります。




東谷義和のガーシーch

千葉真一 新田真剣佑 綾野剛



人間性ちゃんとしていないと、いくら才能に恵まれていても、俳優や役者ではなく、ただの反社になってしまうのです。やはり勝新太郎(千恵蔵の演じた役も多数演じている芸能の後輩、大映映画の後輩、時代劇映画と現代劇映画で主演代表作20以上は千恵蔵に次ぐ史上二人目)も大きな問題あったのです。禁止されている某ヤクの薬や、その記者会見も有名です。


勝新太郎 麻薬パンツ事件 左リンクから飛ぶと記事が出ます。

勝新太郎



皆さんすでに後存知だと思いますが、ここ1ヶ月ほどで多くの視聴者が急激に付いている、急伸び暴露系ユーチューバー東谷義和ガーシーch、ガーシーこと、東谷義和


東谷義和の動画は、綾野剛の酒癖の悪さや女々しい性格、止められている風○未遂話や、数多くの暴力や事務所ぐるみの3度のもみ消し事件、彼女がいるのに複数の女性芸能人との浮気、素人女性との不倫、さらにきゃりーぱみゅぱみゅ、小島瑠璃子、佐久間結衣や無名の坂道女などを伝え、多くの方面に流れ弾が飛びました。


ガーシーは、BTSに会わせると嘘を言い、頭の緩い女性たちから、お金を騙しとった詐欺の過去がある反社ですが、現時点では過去と向き合い、腐りきった芸能界に風穴を開けようとしています。


ガーシーch ガーシー 東谷義和



きゃりーぱみゅぱみゅ 小島瑠璃子 佐久間結衣








ガーシー暴露 綾○剛 小島○璃子を無理矢理持ち帰り!!大物の父親ぐるみの新田○剣佑と○社







【東谷義和】ついに解禁 完全暴露!綾野剛 小島瑠璃子を無理矢理持ち帰り!!芸能界の裏側 芸能界の闇【切り抜き/ガーシーch

関わる小島にも問題は多いが、彼はさらに酷く男としても人間としても最悪




元のライブ配信の動画⇒綾〇剛の事件について話します 東谷義和のガーシーch【芸能界の裏側】 


また東谷義和は、新田真剣佑は子供疑惑や反社とのつながりなどを指摘しています(この動画にその部分はありません、気になる方はガーシーchをご覧ください)後者に関してはさらに取り上げていくと考えられます。日本でも父親の何倍も活躍していないのに外国行きのまっけん、日本人の魂がない外国論者がいかにろくでもないのか、彼もその一つを伝えている部分があるのではないでしょうか。


東谷義和の話すことは全てが正確かはわかりませんが、詳細が細かすぎる部分まで迫っています。ある程度は真実のように思えてしまいます。

2022年3月24日の深夜の「【緊急生配信】メンタリスト~」では、ユーチューブの生配信では、新田真剣佑がらみ、その父の千葉真一も反社と関与していたという話も登場しています。千葉がらみの反社系も、真剣佑の暴露を止めるために動いているとも話しています。





【東谷義和】ついに解禁 完全暴露!AKB48柏木由紀 元欅坂46松平璃子 こいつら二人 綾野剛の女や!!芸能界の裏側 芸能界の闇【切り抜き/ガーシーch】


東谷義和キリヌキ全暴露【ガーシーch】は優秀な切り抜き動画チャンネルです。秒数を抑えつつ、要点をかいつまんでいます。きちんと伝えることもできていないNHKよりも優秀です。


元欅坂は無名だが、きゃりー、そしてあの柏木由紀はジャ二タレと身体相撲で遊んでいただけではなく、綾野も浮上、これは枕疑惑も浮上、さらに他もいると考えても良いでしょう。AKB自体の信頼を落とし、顧客を何度もぼこぼこに殴りつけ、平気で裏切る踏みつけ女w

俳優(芸能)というものは人間性が大切とは、まさにこの女も含めて重要だとわからせてくれます。

東谷義和の綾野の暴話は現在、登録者のみは無料で視聴できます。芸能から日本人に迷惑をかける在日系や反社たちを減らすために重要です。これはすべて彼の話が事実なら成り立ちます。



【東谷義和】綾野剛!元反社使って脅迫してくんな! 芸能界の裏側 芸能界の闇【切り抜き/ガーシーch】



綾野と元反社のつながり


【東谷義和】ついに解禁 完全暴露!綾野剛 未成年淫行!相手は元NMB48○○!!芸能界の裏側 芸能界の闇【切り抜き/ガーシーch】



救いがたい悪事、未成年とも・・・・・




最高な御大も、最低な綾野剛(2022年で40歳)も、新田真剣佑もテレビドラマに出演しています。


御大







トラブルで先人を馬鹿にするな 東映映画だけではない綾野剛の初期出演のテレビドラマと御大に大きなつながり






2022年で40歳の綾野剛のような良識の人間性に乏しい男が、代表作はごく少数ながらも、映画やドラマを含めて100本以上に出演できてしまう、今の日本の芸能界の低次元と低迷


映画の白石和彌監督の『日本で一番悪い奴ら(2016)』は東映の映画(東映と日活)、哀しいことに御大とも東映で繋がっています。しかも綾野は主演、日本の芸能低迷の悲しい現実が露呈しています。




白石和彌 日本で一番悪い奴ら



日本で一番悪い奴ら DVDスタンダード・エディション




それ以前に御大千恵蔵の数千万人大ヒット映画「多羅尾伴内シリーズ」の影響も存在する「仮面ライダーシリーズ」(テレビドラマや映画など)の半田健人主演の『仮面ライダー555』(2003~2004)に、綾野剛が助演で出演しています。これが彼の初期の出演のテレビドラマです。



半田健人
多羅尾伴内シリーズ 仮面ライダーシリーズ 仮面ライダー555



仮面ライダー555(ファイズ) Blu-ray BOX1


炎上俳優となった彼が、どこの綾野が出演しているのか、お確かめください。ファンコンテンツはアニメも同様ですが、映画などと異なり、そのファンや信者が大半の視聴者となるため、過剰に評価が高くなりやすい。リンク先からもそれがわかります。


有名ですが、多羅尾伴内の変装や変わり身などの要素が、仮面ライダーの変身へつながっていて、「仮面ライダーシリーズ」は同じ東映つながりも含め、片岡千恵蔵の大多数の代表作の一つの流れを受けている多くの映像作品です。


*知らない方もいると思うので少し触れますが、多羅尾伴内⇒月光仮面や七色仮面⇒仮面ライダーやスーパー戦隊の簡単な流れがあります。世代とか流行とか、そんな低レベル知識ではなく、歴代に詳しいドラマや映画を理解している方はこれはすぐわかえるかと思います。


*555=ファイズ読み 
*月光仮面のテレビドラマは東映以外、最盛期が近い大村文武の映画シリーズは東映
*多羅尾伴内の映画は大映と東映です。


多羅尾伴内 月光仮面 七色仮面 仮面ライダー スーパー戦隊 大村文武




特にこいつら三人、一部のみのファンを平気で裏切る(綾野よ!真剣佑!柏木よ!) 芸能は人間性だという、千恵蔵御大の言葉を刻め!!






片岡千恵蔵のお墓は時代劇の父こと大巨匠の伊藤大輔のお墓の傍






伊藤大輔がいなければ外国の真似やパクリが中心の現代劇(映画やドラマなど)ばかりで、

日本映画の日本人や外国でも評価される個性である時代劇はなかった。


千恵蔵の墓は、現存含むと50本を越す名コンビの盟友稲垣浩の墓ではなく、あえて伊藤大輔の墓の傍の意味とは




片岡千恵蔵 墓の石碑の一つ(ツイート写真)

片岡千恵蔵 墓 左から飛ぶと写真付きのブログ記事も出ます。



その他大勢いるスターのように2つのみではなく、3拍子揃っていたなど、これ以外にも言葉があったという話もあります。

だが千恵蔵は3拍子の顔や魅力、演技力だけではなかった。積み上げた履歴と蓄積、対応力、政治力や影響力、そして頭の良さと人間性であっただろう。千恵蔵の前に千恵蔵なし千恵蔵の後に千恵蔵なし。


時代劇の父こと大巨匠の伊藤大輔のお墓も近くにあります。千恵蔵と伊藤大輔のコンビは、戦前から戦中にかけて、宮本武蔵の数本と忠臣蔵映画の代表作があります。戦後に改修作の公開も含めると戦後もあります。


記事上部の「「NHK あの人に会いたい 片岡千恵蔵」のNHKによる日本人への反日と侮辱の数々」部分の動画の中でも、稲垣、伊丹、のちに2巨匠は伊藤大輔から紹介されたことも大きかったとも話しています。NHKがこの部分だけ拾っているので、紹介だけが大きいように印象を与えています。これは大きな印象操作の誇張です。


伊藤大輔



伊藤監督の名前を立てて、あえて強く感謝を言っているところもあると思います。千恵蔵だからこそ、この二人を上手に才能を開花させ、巨匠に育てることができたものと考えられるためです。特に伊丹万作という人は、身体が弱いだけではなく(稲垣浩も身体があまり強くはなかったことも有名)、独特な思想と性格の持ち主の映画作家、彼に合わせて良い仕事をしてもらうことの難しさはあったことも有名です。


千恵プロは当時としては前例になかった身体が弱いことがわかっていても、才能を見込み、稲垣と伊丹の両名を主軸監督に起用し、監督数は身体を配慮して本数は制限を断行、その分は両名には原作や脚本に担当させ、内部や外部から映像化を起用、さらに才能のある伊藤大輔、マキノ雅弘(当時は少し名義が違う)、山中貞雄などの監督を呼び寄せ、その大きな穴埋めだけに収まらない大成功を果たしています。



伊丹万作
 稲垣浩

『伊丹万作作品集・23作品⇒1冊』 Kindle版

現存していない映画も含めて考察でき、同じ映像作品群の映画やテレビドラマの視聴者レベルのupにも役立ちます。

伊丹万作作品集・23作品⇒1冊








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綾野よ!真剣佑!柏木よ!御大のNHKのあの言葉を聞け&近い未来に再び、伊藤大輔と片岡千恵蔵の墓を訪ねたい







最後に
綾野よ!真剣佑!柏木よ!御大のNHKのあの言葉を聞け



伊藤監督と彼の墓が傍にあることは感謝の表れを示す一つともいえます。

日本国と日本人へ尽力の感謝を伝えるため、近い未来に再び、伊藤大輔と片岡千恵蔵の墓を訪ねたいと思います。









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関連タグ : 片岡千恵蔵, 綾野剛, 東谷義和, ガーシーch, 新田真剣佑, 柏木由紀, 仮面ライダー555, あの人に会いたい, 千葉真一,

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芸能高額年俸が報ずる先輩男の背中を追う後輩女 二大刺青からアメリカの顔VS日本の顔





芸能高額年俸が報ずる先輩男の背中を追う後輩女 二大刺青からアメリカの顔VS日本の顔







先輩は後輩に色々なことを教え、後輩はそのような先輩の姿を見て尊敬の気持ちを持つようになる意味も持つ長幼の序ということわざがありますが、


後輩は知らず知らずのうちの先輩の後をたどっていく、そこに男女の違いはありません。今回はその部分や名作ドラマのルーツの隠された名作映画2本にも触れています。そしてあの動画の考察と解説に迫ります。

マスコミが伝えない、日本人や外国人に知っていただきたい部分だからです。





前回のこの動画の考察と事実を含めてテレビドラマにも迫ります。


前回記事 遠山桜だけじゃなかった半太郎の刺青に輝く芸能人年俸20億男 映画ドラマ歌舞伎から飛ぶ御大肌花火






全盛期の東映俳優のギャラが凄い!片岡千恵蔵御大が年収20億!松方弘樹談 Japanese movieの謎に迫る




下記の動画は松方弘樹テリー伊藤と女性アシスタントと話しています。


全盛期の東映俳優のギャラが凄い!片岡千恵蔵御大が年収20億!松方弘樹談 Japanese movie



動画内の話に出てくる堺駿二、トータルは喜劇俳優の名優ですが、動画内の年間映画80本、90本は出ていません。データをすべて確認していますが、堺駿二の映画は通産300本ほどです。しかもメインキャストもありますが、全般は脇役です。脇役は本数を伸ばしやすいため、数字は伸びやすい傾向が主演の数倍ありました。

片岡千恵蔵 堺駿二 松方弘樹 テリー伊藤



この動画音声について=確定ではありませんが、ニッポン放送の「テリー伊藤のってけラジオ」(2002年9月30日から2008年3月28日、月曜日~金曜日 13:00~15:30、関東ローカルの放送)の音声のように考えられます。



テリー伊藤のってけラジオ ニッポン放送



もちろん助演も脇役も素晴らしい役割です。1950年代のテレビの登場から、未来はテレビが大衆的になることが経済動向的に予想されていたため、1960年付近くらいからだんだんと低迷の雰囲気があり、斜陽ともいわれました。松方弘樹はそのことも触れています。

松方弘樹は、遠山の金さんを自身の演じたもっとも大きな当たり役(彼の金さんは視聴率的にヒットはしていないが一定の支持があった)としましたが、映画でもっとも当たり役としたのが片岡千恵蔵(現存含む20本、題材の名作多数と最多本数、最多観客動員)です。


千恵蔵の直後輩の三田佳子(東映東京撮影所でデビュー、この頃の千恵蔵は東映京都撮影所と東映東京撮影所のトップ俳優)は長者番付、高額所得の1位は4年でしたが、片岡千恵蔵は確実に5年以上の芸能系トップの高額所得だったと考えられます。


三田佳子 長者番付け 高額所得




戦前の大きなキャリアと戦後の東映の5年を越す連続1位は彼の力がもっとも大きいからです。1956年から60年代中盤、少なくても1964年くらいまで確実といえるでしょう。主演を中心から離れたあとの可能性としてさらに数年は考えられ、個人的には10年の可能性も示唆します。60年代後半くらいから、徐々に中堅やベテランになった石原裕次郎や美空ひばり、鶴田浩二、三船敏郎などだったともいえるでしょう。

石原裕次郎 美空ひばり 鶴田浩二 三船敏郎




片岡千恵蔵は、生涯年俸歴代1位の戦前と戦後含め、現在のお金で言うと数百億だったと考えられます。

日本の歴代数名だけの時代劇と現代劇の両方において大きく活躍、歴代1位の時代劇と現代劇の両方40本を越す代表作の大成功、成功した巨匠数は主演系歴代最多、日本の歴代の主演俳優の通算最多観客動員など、細かいものを含めると40つを越す膨大な記録数の持ち主です。

また映画会社の通称・千恵プロは映画俳優の映画会社でもっとも成功を収め、一国における世界でもっとも成果を残した個人のみの映画製作会社です。戦後は東映の重役兼主演俳優として、御大とも言われ、日本映画界に多大な貢献を果たしました。好き嫌いは人によりますが、この事実があるわけです。

今からでも、文化勲章や国民栄誉賞は当然の人物です。

主演の手取の半太郎を演じた刺青奇偶は1933年と1936年に2本が製作されています。




手取の半太郎 刺青奇偶




刺青奇偶(1933)の評判の良さから まさかの再映画化





テレビドラマにおいて、1957年から63年まで中村勘三郎(17代目)が確認は3度や1973年に菅原文太が演じた長谷川伸の名作刺青奇偶、歌舞伎やテレビドラマに繋がる前回記事の千恵蔵映画の刺青奇偶(1933)の好評から、なんと、続編が作られています。

これは刺青奇偶(1933)が好評だったことの明確な証拠です。





刺青奇偶(1936) *刺青奇偶(1933)の評判の良さからまさかの再映画化

製作=千恵蔵プロダクション 配給=日活
監督衣笠十四三(巨匠衣笠貞之助の弟)、脚本泉次郎吉(衣笠貞之助のペンネーム) 原作長谷川伸、撮影石本秀雄

手取の半太郎=片岡千恵蔵

お仲=千早晶子、荒木田の熊介=瀬川路三郎、鮫の政五郎=松本泰輔、角兵衛又=矢野武男、目明し久六 =阪東国太郎、半太郎の母=伊藤すゑ、駄菓子屋女房お竹=滝沢静子、女衒金八=志村喬、役名不明(友情出演や特別出演的)の香川良介と原健作




好評から自分主演でもう一度のリメイクが実現、名優瀬川路三郎は2度荒木田の熊介を演じています。あえて同じ役を演じせたわけです。


400本の9割主演の片岡千恵蔵、映画のみで710本ほどの香川良介、450本以上の大名助演俳優の志村喬と原健作、300本の瀬川路三郎、250本以上のの松本泰輔、6名の大名優が出演




衣笠十四三 衣笠貞之助の弟 泉次郎吉 衣笠貞之助 長谷川伸 石本秀雄


千早晶子 瀬川路三郎 矢野武男 阪東国太郎 伊藤すゑ 滝沢静子 松本泰輔 志村喬 香川良介







刺青奇偶(1936)出演の主な名優たち 千恵蔵のライバルのヒロインが出演する破天荒 敵も取り入れる荒業







千早晶子は基準ともいえる100本は越していないが名優といえる活躍と判断、滝沢静子は千恵プロに22本(現存含むと約30本)出演の助演女優、千恵プロの名作に10本以上も出演、90本を越す映画出演(10番手前後が多い)、事実以上の名優、100は越していませんが、彼女も妻役や母親役を多く演じました。

千恵蔵との戦前の良縁から、戦後は東映の前身の東横映画の初代金田一耕助シリーズのヒット作「獄門島」(総集編、前後作で4本とも、千恵蔵主演)にも出演しています。

初代金田一耕助シリーズ 獄門島



千早晶子は林長二郎(のちの長谷川一夫)のヒロインや助演を多く務めたことで知られる名女優です。松竹時代劇中心に、90本を越す映画、林長二郎との狂犬だけで代表作は20本ほどになります。林長二郎のヒロイン女優がライバルの千恵蔵映画に出演するという破天荒の実現、当時の活動の中心は松竹の衣笠貞之助が、千恵プロ映画で脚本を書いていることから、千早晶子の出演が決まった部分があると考えられます。



林長二郎 長谷川一夫


松本泰輔、志村喬、矢野武男、阪東国太郎、伊藤すゑ 他は千早晶子、滝沢静子は同じ内容ですが、長いので、こちらの記事に公開します。名優たちの水戸黄門や伝説の忠臣蔵映画も微量に登場、よければご覧ください 



*その裏記事
最大ライバルのヒロインが出演する破天荒や敵の身内も取り込む荒業





後輩の映画人の黒澤明(起用の俳優以外も影響)や三船敏郎も千恵蔵映画のおかげも大きいことが事実です。

ちなみに黒澤明が大きく起用した名優の山本礼三郎も、千恵蔵映画で活躍が大きい俳優、これも知っていることは芸能系の常識です。

黒澤明 三船敏郎





劇団花吹雪 名作劇場「刺青奇偶」

劇団花吹雪という大衆演劇の題材としても演じられています。映像化は映画からテレビドラマ、舞台系は歌舞伎、大衆演劇になっています。






劇団花吹雪 大衆演劇 桜京之介





アメリカの顔も七つの顔の男の足元 多数のテレビドラマにも繋がる名作映画の刺青奇偶(1933)と刺青奇偶(1936)の俳優や製作系の比較








刺青奇偶(1933) *刺青奇偶の最初の映像化の功績がある映画

製作=千恵蔵プロダクション 配給=日活
監督伊丹万作、脚色伊丹万作、原作長谷川伸、撮影石本秀雄
 

配役    
手取の半太郎=片岡千恵蔵

お仲=高津慶子、荒木田熊介=瀬川路三郎、鮫の政五郎=高木永二、角兵衛又=林誠之助、半太郎の父 =実川延一郎、半太郎の母=明津江、女衒金八ー香川良介、隣の女房お竹=常盤操子、医師香伯=成松和一、御家人=山本礼三郎



刺青奇偶(1936) *刺青奇偶(1933)の評判の良さからまさかの再映画化

製作=千恵蔵プロダクション 配給=日活
監督衣笠十四三(巨匠衣笠貞之助の弟)、脚本泉次郎吉(衣笠貞之助のペンネーム) 原作長谷川伸、撮影石本秀雄

手取の半太郎=片岡千恵蔵

お仲=千早晶子、荒木田の熊介=瀬川路三郎、角兵衛又=矢野武男、目明し久六 =阪東国太郎、半太郎の母=伊藤すゑ
駄菓子屋女房お竹=滝沢静子、鮫の政五郎=松本泰輔、女衒金八=志村喬、役名不明(友情出演や特別出演的)の香川良介と原健作




この2本だけでも、20名を近い名優が出演しています。千恵プロは阪妻プロなど多くのライバルたちを上回り、もっとも多くの名優が出演したスタープロダクションとしても知られています。アメリカの顔といわれたアメリカの国民的映画スターのジョン・ウェインでさえ、スタープロダクションを作って最低限な結果しか残せず、名優数は少数に留まっています。



スタープロダクション ジョン・ウェイン


ジョン・ウェインは観客動員はアメリカの最盛期トップといえ、1950年代から1970年代の俳優別の年間ベスト10にもっともランクインするなどの証拠の記録が残されていますが、実は当時のアメリカの映画スターよりも、日本の映画スターのほうが人数が多く、競い合いも映画本数も日本が世界1位でした。俳優別の年間ベスト10にもっとも含まれていても、日本より競争力が大きく下、さらに年間の映画本数も日本のほうが数百本も上でした。

スタープロダクションだけではなく、結果や名優数などは、アメリカの顔も日本の”七つの顔の男”、七つの顔、日本の顔の足元でした。

*膨大な量になるのでその細かい比較は控えますが、姉妹ブログの映画のほうで、取り上げていきたいところです。


*七つの顔の男=片岡千恵蔵の現代劇の当たり役の一つ、7役を演じ、日本の戦後生まれの初のヒットシリーズ映画の多羅尾伴内シリーズの別名は、七つの顔の男シリーズ、戦後直後の大映4本と東映7本の全11作、観客動員は2000万人ほどとも考えられる、千恵蔵はこの七つの顔の男や戦前からの多彩な演技と関連させ、七つの顔の映画俳優と称される場合もあります。



荒木田の熊介 七つの顔の男 多羅尾伴内




千恵蔵と路三郎、香川の3名は2本共出演している特徴があり、映画300本出演(340本以上を確認)の名優の瀬川路三郎は”荒木田の熊介”を2度、あえて同じ役を演じさせていることの破天荒を行っています。これは当時すでに名匠(のちの巨匠)の衣笠貞之助を含む、千恵プロ側の制作上の意向があったと考えられます。





1961年東映作品しおり 半七捕物帖 三つの謎 B5サイズ・2つ折りタイプ 片岡千恵蔵 鶴田浩二 東千代之介 映画パンフレット・兼用


千恵蔵と瀬川路三郎の戦後の晩年の共演作の一つ『半七捕物帖 三つの謎』(1960年公開)の貴重なパンフレット=しおりです。

映画は三つの謎のオムニバス3本で構成され、当時としては斬新な時代劇映画です。

千恵蔵の有名な捕物の親分の半七を主演に、鶴田浩二(戦後世界最多の映画主演160本を記録、戦後を代表する映画スター、ドラマでも活躍)や沢村訥升(数年間に東映の映画スターだった歌舞伎俳優、映画スターとしての人気はイマイチでした)、東千代之介(戦後時代劇映画の最盛期の流れにも貢献の大スター)の4名の顔が表紙を飾っています。

製品紹介に1961年とありますが、映画の公開は1960年10月、出品者が間違えているようです。

瀬川路三郎は端役の20番手付近で出演しています。




鶴田浩二 沢村訥升 東千代之介





姉妹ブログの新記事 忘去名優武井龍三「映画の日」中央大会の受賞が物語る映画人高評とナゾ戦後 伝説の殺陣師足立伶二郎の消失映画数百本







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遠山桜だけじゃなかった半太郎の刺青に輝く芸能人年俸20億男 映画ドラマ歌舞伎から飛ぶ御大肌花火





遠山桜だけじゃなかった半太郎の刺青に輝く芸能人年俸20億男 映画ドラマ歌舞伎から飛ぶ御大肌花火





2022年の最初は悩みました。あえて破天荒なものを1発目の花火(記事)にしようと決めました。

そこに存在する新年らしい、華やかなナンバーワン俳優を含めた幅広い影響にも同時に迫ります。

「また、あのお方もか」と思われるかもしれませんが、現実に突き抜けた幅広い実積があるから出てしまう。

ただそれだけ

華々しい1月くらい許してください。年俸20億男




前回記事 宮本武蔵俳優も含んだ東映7名の伝説同窓会『梅辰亭』が物語る 芸能界が真に余裕と個性を重んじた良き時代






時代小説そのものに大きく貢献 世代を越して日本人が忘れてはならない長谷川伸という超大物作家





長谷川伸という文化勲章作家がいます。新聞記者を経て1914年(大正3年)頃から小説家へ、股旅ジャンルを形成、戦前から戦後の最盛期にかけて爆発的な支持を集めました。映画化にも大成功、数十名の名以上の映画スターが演じ、数十本の代表作が生まれました。

彼は多くの大物後輩を育て、戦前から日本の時代小説に大きく貢献、映画や舞台、テレビドラマだけでなく、股旅演歌の形成へも繋がりました。また舞台の歌舞伎の題材にもなる作品を残しました。特に映画は大きな貢献があり、現存版含め160本ほど映画化作品が存在しています。

また、股旅物の小説は子母沢寛や村上元三などの他の多くの作家を介し、原作小説を持たない映画脚本家による映画が成功など、映画250本以上(長谷川以外も含め)やテレビドラマ(エピソードだと50を越す)の映像化を生み出しました。


*村上元三は長谷川の弟子の一人、「次郎長三国志」など、映画の原作者としてもかなりの成功


映画化の上位の有名作は、瞼の母、沓掛時次郎、一本刀土俵入、鯉名の銀平(雪の渡り鳥)、紅蝙蝠(戸並長八郎) 、関の弥太ッぺ、抱寝の長脇差(源太時雨、磯の源太)、中山七里、くらやみの丑松(暗闇の丑松)など、街の入墨者、刺青判官、直八子供旅、人斬伊太郎(上位は個々で分かれるところですが、知識なりの有名順のセレクト)などの映画化も評価があります。そして下記に登場する作品です。映画の姉妹ブログのほうでも、機会があれば取り上げます。




長谷川伸 文化勲章作家

瞼の母 沓掛時次郎 一本刀土俵入 鯉名の銀平 雪の渡り鳥 紅蝙蝠 戸並長八郎 関の弥太ッぺ 抱寝の長脇差 源太時雨 磯の源太 中山七里 くらやみの丑松 街の入墨者 刺青判官 直八子供旅 人斬伊太郎 暗闇の丑松

村上元三 次郎長三国志 子母沢寛






宇宙のすべての知識 プリンシピアというチャンネルの動画。たんたんと地味ですが、独自な視点で長谷川を伝えています。有名ですが、池波正太郎も平岩弓枝の彼の弟子、動画は代表作に関してはほとんど触れておらず、問題があるように思えます。


宇宙のすべての知識 プリンシピア 池波正太郎 平岩弓枝









4本の刺青奇偶のテレビドラマの秘密は17代目と18代目







テレビドラマで彼の原作の刺青の要素を押し出した時代劇映画が製作されています。上位の物に比べると、知名度や定着は劣るともいえますが、これも代表的なものです。「刺青奇偶」です。

これはいわゆる渡世のばくち打ちのならず者を主人公にした話です。ただの昔のやくざの話ではないのが魅力です。


さらに現在でいうやくざにつながりますが、当時は現代の様に許せない連中というよりは、当時は現在よりも大きく貧しい暮らしから、個々の事情からやもうえず生き方をしなければならなかった人物も多く、はみ出し者という感覚が強めです。あくまで当時のやくざ概念であって、現在のやくざとは異なる部分も重要です。現在の在日朝鮮人も多いやくざとまったく同じように考えるのは非常に危険です。




1957年 刺青奇偶 全2話 フジテレビ系 出演は中村勘三郎(17代目)、藤間紫など
1960年 刺青奇偶 長編の単発 フジテレビ系  出演は中村勘三郎(17代目)、花柳小菊、坂東蓑助(坂東簑助)、中村吉十郎など
1963年 刺青奇偶 単発の1時間枠 出演は中村勘三郎(17代目)、瑳峨三智子(嵯峨三智子)、尾上鯉之助、実川延若(實川 延若)など
1973年 刺青奇偶  名作「長谷川伸シリーズ」内の単発 菅原文太、吉行和子、万代峰子など



*万代峰子は萬代峰子などの漢字違うの名義が多数

上記4本のテレビ時代劇ドラマの刺青奇偶は『刺青奇偶(1957)』、『刺青奇偶(1960)』、『刺青奇偶(1963)』、『刺青奇偶(1973)』ということもできます。


1957年に題材初のテレビドラマ「刺青奇偶」が全2話の事実上の前後編として、フジテレビ系において、出演は中村勘三郎(17代目)、名女優の藤間紫などの出演で放送されました。

1960年の2本目は、戦前から時代劇女優として多くの代表作の活躍、その花柳小菊がヒロインを演じていたと考えられます。

3本目は山田五十鈴の娘の名女優の瑳峨三智子(嵯峨美智子)、東映の印象が強い尾上鯉之助も出演しています。尾上鯉之助という俳優は、東映最盛期の若手時代劇スターの中でも非常に苦しんだ俳優、自身自身の代表的「さけぶ雷鳥」(原作は吉川英治)はありますが、主演として成功しませんでした。

4本目は現在だと助演俳優の印象が定着している、吉行和子がヒロインを演じていた時期です。


個人的にも高く評価している17代目の中村勘三郎(17代目)、視聴済みの中のみの判断ですが、映像作品でも良い演技をしています。


3度もテレビドラマで演じる、中村勘三郎(17代目)がいかにこの刺青奇偶という題材を気にいっていたのかが伺えます。


中村勘三郎 中村勘三郎(17代目) 藤間紫 花柳小菊 坂東蓑助 坂東簑助 中村吉十郎 瑳峨三智子 嵯峨美智子 尾上鯉之助 実川延若 實川延若
万代峰子 萬代峰子



hro285 邦画プログラム[ シネマ歌舞伎 刺青奇偶」玉三郎 長谷川伸<いれずみちょうはん>


2008年に上映さえたもので、半太郎はテレビドラマや歌舞伎で刺青奇偶の主人公の手取の半太郎を演じてきた17代目の息子の18代目の中村勘三郎が演じ、ヒロインお仲を女形の名手の坂東玉三郎が演じ、助演に鮫の政五郎に片岡仁左衛門を配置、3名優の主要の配役、この貴重なパンフレット



松竹の紹介ページには

戦前戦後を通じて小説、戯曲で数多くの名作を残し、股旅物の創始者としても名高い長谷川伸の代表作。

2008年4月歌舞伎座にて、半太郎に勘三郎、お仲に玉三郎、そして鮫の政五郎に仁左衛門という豪華配役で上演。1999年に同じ顔合わせで上演されて以来、実に9年ぶりの再共演が大きな話題となった本作品が、シネマ歌舞伎として登場します。


とあります。


手取の半太郎 坂東玉三郎 鮫の政五郎 片岡仁左衛門








長谷川伸が伝えたいウイグルジェノサイドNO 政治家や企業を襲う今だけ~金だけ~女だけ~はNO






上記のように刺青奇偶は歌舞伎の題材にもなっています。


ばくち打ちの生き様、男らしさと義理と人情、現代の日本人に欠如している、悪党を許さない正義感と放浪旅を描いています。


先進国の(先進7カ国=G7)、数百万人ともいわれる中国によるウイグルジェノサイド(民族大量虐殺)の中で唯一、日本だけがこの対中非難決議をできていません。これは政治家や中国進出の企業に親中と反日が多く、さらに国民が声を上げないことが悪いのです。時代劇はこの正義感の重要性を現代の今だけ~金だけ~にNOを伝えてくれる、民主主義を伝える非常に重要なものです。

対中非難決議ウイグルジェノサイド(民族大量虐殺)

実は義理と人情という言葉を嫌いな方々がいる、これは日本人の気持ち、民主主義、自由社会を表現している、けして古いというものではない、中国のような庶民を奴隷し、私服を肥やす支配者たち(中国共産党)を許してはいけない。

大作家の長谷川伸はこの日本人の庶民の心を大事に表現したことも高く評価されています。


嫌い方々がいることに日本人そのものの存続の危険を感じています。政治家や企業のように今だけ~金だけ~女だけ~は身を、国を滅ぼす、中長期的な選択が求められています。


政治家だけじゃない、日本の大企業の重役も、中国の対日工作のハニトラに多数あっている。現在は政治系ユーチューバーや経済系評論家の元官僚の高橋洋一は、日本で薬師丸ひろ子が好きだと話していたことから、中国に仕事で出かけたときに、薬師丸ひろ子に似たとびきりの美人の中国人が、夜の宿泊ホテルの部屋に来たと言い、中国からのハニトラにNOを叩きつけたエピソードを話しています。

ウイグルジェノサイド(民族大量虐殺)の奴らと共犯の、中国へ多額の投資企業のソニーもパナソニックも任天堂も・・・


もちろん多くの政治家や企業幹部がコレにやられている、そして中国に甘くなる、現実に行われている、これは安上がりな中国が日本を支配する為の一つの工作なのです。これらに対抗する法律も求められます。

今だけ~、金だけ~女だけ~にNO。そのためにも日本人の魂を呼び起こす時代劇のテレビドラマは重要です。


高橋洋一 薬師丸ひろ子

今だけ~金だけ~女だけ~







第64回 スパイ防止法がないのはやっぱりマスコミのせい&ハニートラップの真実

この回でも6分18秒からハニトラの恐怖も伝えています。




岸田政権の馬鹿チン男、親中政治家の林芳正(はやしよしまさ)こと、リン・ホウセイはハニトラ疑惑が有名です。
反日の親中であることから、リンさんやリン・ホウセイ、リン・ホーセイとも皮肉られています。
日本人のようだが、反日中国人のような男だということです。


国民の税金を使って、許せない売国奴、魂が日本にないチン男!!


リン・ホウセイ ハニトラ疑惑 林芳正 岸田政権のバカチン男



中国ハニトラの実態 ほんとにあった怖い話

元財務官僚高橋洋一氏が暴露
ちゃんと好みまで把握していたwww



うるさい百田wこれは虎○門ニュースからです。この動画以外でも話していますが、深夜に身体の関係を求めるために中国人の薬師丸ひろ子(似)が来たw


虎ノ門ニュース







名作「刺青奇偶」の最初の映像化の功績がある映画が千恵蔵映画だった






数十の実積を持つ千恵蔵映画、その戦前の自分の会社時代の片岡千恵蔵プロダクションの彼は、製作者兼主演俳優で大当たりしました、事実上、名作品数や当時の受賞数、巨匠数、多数の大物映画人の輩出などで先輩の阪東妻三郎にも勝利を収めました。

その千恵プロ作品で、テレビドラマや舞台に繋がる、刺青奇偶の最初の映像化の『刺青奇偶(1933)』が製作され、黒澤明や小林正樹、市川崑、篠田正浩などに影響を与えた伊丹万作(戦前の映画作家の巨匠)が監督と脚色、撮影は歴代上位の名作を数十本手掛け、日本ベスト5の名撮影者は石本秀雄です。

特に黒澤明や小林正樹、篠田正浩は映画作家性のある外国向け(左派的)時代劇映画の複数も代表作、これは伊丹万作と千恵蔵の築いた流れも大きく存在しています。つまり彼らのおかげで常に畑が存在し、作物が育てやすかったということです。


石本秀雄 片岡千恵蔵プロダクション 製作者兼主演俳優 黒澤明 小林正樹 市川崑 篠田正浩




刺青奇偶(1933) *刺青奇偶の最初の映像化の功績がある映画

製作=千恵蔵プロダクション 配給=日活
監督伊丹万作、脚色伊丹万作、原作長谷川伸、撮影石本秀雄
 

配役    
手取の半太郎=片岡千恵蔵

お仲=高津慶子、荒木田熊介=瀬川路三郎、鮫の政五郎=高木永二、角兵衛又=林誠之助、半太郎の父 =実川延一郎、半太郎の母=明津江、女衒金八ー香川良介、隣の女房お竹=常盤操子、医師香伯=成松和一、御家人=山本礼三郎





映画400本大名優は片岡千恵蔵(9割以上の単独主演、主要は9.9割)、710本の上位助演と端役の俳優の香川良介(ほぼ助演、千恵蔵映画の名作にも多数出演)、300本名優は瀬川路三郎と山本礼三郎、200本俳優は実川延一郎、150本名優は高木永二、100本名優は林誠之助と常盤操子

常盤操子は千恵蔵の「瞼の母」(現作は刺青奇偶と同様に長谷川伸)で名演を見せたことでも知られる、母親役やおばあさん役が多い俳優です。千恵蔵の大ヒットの宮本武蔵では、お杉こと、お杉ばあさん(武蔵の悪友の又八の母で、思い込みから武蔵を恨む悪役的一面も)を演じても、多くの観客に印象を残しました。

ヒロインのお仲役の高津慶子は、帝国キネマや新興キネマなど、大活躍ほどの成果は得られませんでしたが、70本ほどの映画に出演、比較的人気を得た女優、この映画が何が大作『彼女をそうさせたか』などに」次ぐ自身の上位の代表作、千恵プロは5本の出演です。千恵蔵とも共演の多い名優の河津清三郎(女優主演の相手役含めると主演本数100越えの映画スター俳優)と結婚し、のち離婚しています。


香川良介 瀬川路三郎 山本礼三郎 高木永二 林誠之助 常盤操子 高津慶子 彼女をそうさせたか 河津清三郎



名優とは言いがたいが注目の俳優、成松和一は千恵プロでそこそこ存在感を示した俳優、伝説として語り継がれる千恵蔵映画に50本以上出演しました。

成松和一



千恵蔵の東映時代からの後輩の菅原文太(新東宝⇒松竹⇒東映、新東宝は当たらず、松竹は助演中心、東映でチャンスを貰って主演の大ブレイク)は、4度目のテレビドラマ化の長谷川伸シリーズ内の単発の1973年の「刺青奇偶」で主演を演じていますが、このドラマが放送された1973年は映画の代表シリーズのひとつの「仁義なきなき戦い」がスタートの年数です。


長谷川伸シリーズ 菅原文太 仁義なきなき戦い







長谷川伸つながりの「刺青奇偶」と「瞼の母」の2大股旅映画







千恵蔵の『刺青奇偶(1933)』は現存しておらず現在は観られませんが、同じ股旅題材の映画の現存版「瞼の母」こと、『番場の忠太郎 瞼の母』(1932年の名作映画)は視聴可能です。




銀幕を知る男『毒蝮三太夫』が選ぶ発掘!昭和の大スター映画 「番場の忠太郎 瞼の母」

銀幕を知る男『毒蝮三太夫』が選ぶ発掘!昭和の大スター映画 「番場の忠太郎 瞼の母」、

番場の忠太郎 瞼の母  銀幕を知る男『毒蝮三太夫』が選ぶ発掘!昭和の大スター映画 「番場の忠太郎 瞼の母」


毒蝮三太夫は元東宝の脇役時代の芸名の石井伊吉時代は映画の脇役時代も経験(石井伊吉名義の映画出演は1951~1967)、これ以降の芸名は毒蝮 長年の千恵蔵のファンとしても有名です。実は2021年で初の映画出演から70年でした。

当時は「瞼の母」(リメイクもあるためのちに「瞼の母(1931)」)として公開され、マツダ映画社の現存版は完全な現存分数(オリジナル)ではないことから、『番場の忠太郎 瞼の母』と改題されました。

マツダ映画社=貴重なサイレント映画中心に所蔵、活弁士の含め、現代にその魅力を伝えている。


毒蝮三太夫 石井伊吉 マツダ映画社


杉良太郎が歌う 瞼の母の股旅歌謡または股旅演歌

映像は千恵蔵の後輩の一人の中村錦之助版の「瞼の母」です。ほくろが印象的な名女優の木暮実千代が母親を演じました。彼女の主要(作品上位の助演)の代表作の一つです。

中村錦之助 木暮実千代

股旅の歌は股旅歌謡または股旅演歌ともいわれます。俳優兼歌手の杉良太郎も歌っています。また、五木ひろしや中村美津子、島津亜矢、石原詢子など多くの演歌中心の歌手が歌っています。股旅歌謡というものが、時代を経ても、人間としての民主的要素を強く持ち、日本人にとって重要なものだとわからせてくれます。

この歌の杉良太郎(日活の現代劇映画などを経て、テレビ時代劇俳優として、特に1970年代から1980年代前半にピークの活躍)も千恵蔵の日活という面の後輩の杉良太郎は、初期のみ出演していた国民的時代劇ドラマ「大岡越前」で千恵蔵と共演(唯一の共演)しています。



杉良太郎 
五木ひろし 中村美津子 島津亜矢 石原詢子 股旅歌謡 股旅演歌 大岡越前





全盛期の東映俳優のギャラが凄い!片岡千恵蔵御大が年収20億!松方弘樹談 Japanese movie



年俸20億男 千恵蔵御大

松方弘樹


映画の歴代上位俳優(総合1位の評価)でもありますが、テレビドラマへ出演は主演以外はほぼ(特別出演)の超大物俳優、その千恵蔵御大の年収20億は芸能史上最高年俸です。年俸20億男





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外国ではありえない日本の子役たちの大活躍 マスコミが無視する、世界的歴代名子役たちのほとんどは日本







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[ 2022/01/25 08:52 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(4)

大スター鶴田浩二の新選組ドラマの初の事情 最大ライバル三船敏郎を絡めた全時代劇映画45作のミステリー





今回は約1年前の2018年9月25日に公開した新撰組テレビドラマ珍々競演 3名製作者 3役映画巨匠の分岐点に戻って、異なる方向で展開していきます。

その記事では佐伯清と鶴田浩二のテレビドラマにおける関りを取り上げていました。



前回記事⇒伝説力士の雷電為右衛門から関八州のスーパーヒーロー国定忠治 名製作者と重なる父子鷹




稀代の最大ライバル鶴田浩二三船敏郎の数字における差の現実 映画からテレビへ





鶴田浩二は日本映画を代表するスター俳優の一人、戦後を代表する映画スターの一人で通産主演映画数は170本弱、出演映画数260本ほどを記録しています。戦後のみの主演映画本数は歴代1位を記録、ほぼ同期デビューの年齢も近いライバルの三船敏郎の通産主演数が80本弱(戦後のみの20位近く)、映画出演数150作弱のため、2倍ほどの主演本数や代表作本数の差、出演数も110本強の差を記録しました。もちろん数字や記録だけで評価の全てが決まるわけではありませんが、これは明確な評価の対象となります。

ヒットや中ヒット本数自体は鶴田のほうがダントツに多いが、年間1位のような大ヒットのみは三船敏郎のほうが多い、通産の観客動員は鶴田のほうが完全に凌駕しています。この2人の関係は非常に不思議です。



互いに主演10本を越えるような大きな当たり役はありませんでしたが、三船敏郎は5作以上のシリーズさえゼロ、具体的に代表的な主演の役だと宮本武蔵3部作の宮本武蔵の3本が最多(三船の助演含む宮本武蔵役は『佐々木小次郎』(監督・稲垣浩)の総集編もあるため通算5度、千恵蔵、錦之助に次ぐ歴代3位)、鶴田浩二は「博徒シリーズ」と「博奕打ちシリーズ」と2つの10作を越すシリーズ、役柄は「人生劇場シリーズ」の主演の飛車角と清水次郎長の4度が最多に恵まれました。

三船敏郎鶴田浩二はテレビドラマでもある程度の活躍をしました。三船敏郎の出演のテレビ代表作はほぼ時代劇でしたが、鶴田浩二は取り上げると長くなるわけですが、時代劇と現代劇の幅広い題材やテーマのテレビドラマに出演しました。



新選組[東宝DVD名作セレクション]
新選組[東宝DVD名作セレクション]


三船敏郎の主演で観客動員1位を獲得した1969年の新選組題材の東宝オールスター映画『新選組(1969)』です。製作は三船敏郎と巨匠で稲垣浩の盟友が同時に名を連ねている部分がポイントです。

巨匠・沢島忠の唯一の年間観客動員1位です。1位といっても残念ながらこの映画のときの日本映画事態は低迷期に入っているため、動員人数はかなり少なめです。10年以上前に作られてヒットしている1950年代の千恵蔵の最大ヒットの新選組1作のほうが観客動員は上だったと考えられます。俳優陣もいうまでもありませんが千恵蔵側のほうが格上です。

さらに『新選組(1969)』はオールスターといっても主演100作の映画の真の大スターは中村錦之助のみでした。映画主演50以上は主演順だと110作の中村錦之助、70本台の小林桂樹、三國連太郎、三船敏郎のみの4名に留まる、舞台だと名優の中村翫右衛門、その息子で映画との縁は薄いのテレビで活躍した中村梅之助、2019時点で現役の名優の中村嘉葎雄(中村賀津雄)や北大路欣也、司葉子もいますが、全体は映画スターとしてある程度、小粒の俳優が多いというのが現実です。


鶴田浩二が新撰組のテレビドラマに出演した理由には、ライバル三船敏郎でヒットした『新選組(1969)』も影響していたのかもしれません。







『新選組(1973)』と近藤勇 ラスト前の衝撃 事実上の打ち切りと削減






個人的に鶴田浩二の現在も視聴可能なテレビ時代劇の中では、この『新選組(1973)』(全19回)がもっとも好きかもしれません。上記の記事冒頭のリンク先の記事もありますが、東映とNETによるテレビ時代劇の『次郎長三国志(1974)』(全23回)も気になる作品で、これは残念ながら再放送されていません。なのでこの『次郎長三国志(1974)』が『新選組(1973)』と比べてどれほどの出来であるのか気になるところです。

年数的にもお分かりだと思いますが、『新選組(1973)』の後に『次郎長三国志(1974)』が作られ、両方とも戦前から戦後と数多くの映画が作られてきた歴史と伝統のある国民的な有名題材であり、『新選組(1973)』(全19回)と少なめでしたが、この2本ともいわゆる半年ほどの連続ドラマの2クールで作られています。鶴田浩二の通産実積というとやはり映画時代の部分が9割ほどだと個人的に考えていますが、テレビドラマにおいても絶大な信頼があったということになります。


全19話が残されており、個人的にはラスト前の18話の印象が強く、田村高廣(田村高広)の演じる京都会津の上役と鶴田浩二の近藤勇とある理由から無言の対峙、上役の部下の島田順司と共に印象に残る終盤の流れが濃厚で熾烈、複雑さと運命が強烈でした。侠客、任侠ものを経た独自な鶴田流の男らしさの体現が、このドラマの近藤勇なのではないでしょうか。

観ていない方は気になる部分ですが、今後再放送されることがあるかもしれないCS放送を観て頂きたいところです。


最初から全19話の予定で作られていたことではなさそうです。『新選組(1973)』の評判はそこそこでしたが、やはり視聴率が低く、当初は完全な2クールの26話前後を予定していたと考えられますが、事実上の打ち切り的にエピソードの幾つかは省かれ、話数を減らして19話で終了したと考えるのが普通でしょう。評判はそこそこでも、当時は今以上に視聴率に厳しく、現代はたった数パーセントのアニメが数十年も続く非常事態、当時はばっさりの打ち切りや打ち切り的に話数を減らして完結というケースも多数ありました。そのためでしょうか、最終回の最後のシーンはちょっと違和感を感じるように感じるような場面で終了しています。

ラスト前18話と最終回19話は大映映画の母物シリーズなどで知られる名女優の三益愛子のおばあさん役が出ていた印象に残ります。シーンとは上手く絡んでいるとはいけませんでしたが、存在感は突き抜けたものがあります。

全体を通すと近藤勇の鶴田浩二、土方歳三の栗塚旭(東映の連続テレビドラマで3度目の土方歳三)、沖田総司の有川博の主要の上位3名の全話出演も印象的です。



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いわゆる大映の母物シリーズ、三益愛子は世界の歴代女優で最多の30作を越す単一シリーズの主演数を記録しました。三益愛子版が当たり、東映などの外部や大映内部でも別の母物の派生作が数多く作られました。『巣鴨の母』は三益愛子主演シリーズの1本です。テレビや映画の泣きじゃくり演技は彼女の悲哀の代名詞でお家芸です。



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鶴田浩二と千恵蔵御大 日本映画最大の黄金期が影響した新撰組の主演のミステリー





テレビドラマにも関わることなのでそこそこな量になってしまいましたが、映画のことも触れます。鶴田浩二は下記の全時代劇映画出演数を見ていただくと直ぐにわかると思いますが、新選組題材は主演も出演の両方が1作もありませんでした。

新選組題材といえば映画スターで東映時代の大先輩である千恵蔵御大こと片岡千恵蔵は、1950年代から1960年代にかけての日本映画黄金期に歴代最多の7作の映画に主演しています。事実上のこの題材を国民的な題材にするために大きく貢献、観客動員ベスト10はありませんが、500万人でも年間ベスト10に入らないもっとも高い競争力の時期、通算7作でかなりの総観客動員を記録したと考えられていますこの影響を鶴田浩二がテレビドラマで受けていると考えられます。




鶴田浩二の全時代劇映画出演数 出演45 主演26 助演19


時代劇の主演と(脇も含む助演のトータル 確認できるもののみ 鶴田は有名な役のみを表記
脇役1948『遊侠の群れ』  松竹(京都)  主演=長谷川一夫  天保水滸伝題材、遠山の金さん要素 8番低下脇役
助演1949『影法師 寛永坂の決闘』  松竹(京都)  主演=阪東妻三郎 6番手 寿々喜多呂九平から派生の影法師物
助演1950『続影法師 龍虎相搏つ』  松竹(京都)  主演=阪東妻三郎 6番手 別題に『影法師(1950)』 ともある
助演1950『悲恋草』  松竹(京都)  主演=水谷八重子(舞台大女優)、阪東寿三郎(歌舞伎大名優) 文芸 別『悲恋華』
主演1951『怪塔伝』  松竹(京都)  鶴田の時代劇唯一の3役、侍物
主演1952『弥太郎笠 前後篇』  新東宝=新生プロ  りゃんこの弥太郎  股旅
助演1953『花の生涯 彦根篇 江戸篇』  松竹(京都) 主演=松本幸四郎(初代松本白鸚) 、幕末物
主演1954『やくざ囃子』  東京映画=滝村プロ(配給は東宝) 股旅
主演1954『此村大吉(1954)』  大映(京都)  此村大吉  今は知名度が落ちている有名な此村大吉題材
助演1954『忠臣蔵 花の巻、雪の巻』(忠臣蔵(1954))  松竹(京都)  毛利小平太   主演=松本幸四郎、高田浩吉
10
主演1955『獄門帳』  松竹(京都) 文芸的
助演1955『続宮本武蔵 一乗寺決闘』  東宝  佐々木小次郎  主演=三船敏郎
助演1955『応仁絵巻 吉野の盗族』  松竹(京都) 主演=高田浩吉
主演1956『あばれ行燈(1956)』  新東宝  股旅
助演1956『宮本武蔵 完結篇 決闘巌流島』(決闘巌流島)  東宝  佐々木小次郎   主演=三船敏郎 
主演1956『眠狂四郎無頼控』  東宝  眠狂四郎(初代) 眠狂四郎の初の映像化
主演1957『眠狂四郎無頼控 第二話 円月殺法』  東宝  眠狂四郎
主演1957『柳生武芸帳(1957)』  東宝  三船敏郎とダブル主演 柳生もの柳生武芸帳
主演1957『おしどり喧嘩笠』  新芸術プロ(配給は東宝)  美空ひばりがヒロイン 股旅  ☆通産時代劇映画主演10
主演1957『地獄花』  大映(京都) 文芸的
20
主演1958『柳生武芸帳 双龍秘剣』  東宝  三船敏郎とダブル主演 柳生もの柳生武芸帳
助演1958『忠臣蔵(1958)』  大映(京都)  岡野金右衛門  事実上の出番は劇中2番手 主演=長谷川一夫 助演のみ10
主演1958『天竜しぶき笠』  大映(京都)  股旅
助演1958『天保水滸伝(1958)』  松竹(京都)  平手造酒   主演=高田浩吉 天保水滸伝題材
主演1958『旅姿鼠小僧』  東宝  鼠小僧次郎吉
主演1959『戦国群盗伝(1959)』  東宝   三船敏郎とダブル主演 
主演1958『眠狂四郎無頼控 魔剣地獄』  東宝   眠狂四郎 3作の完結編
助演1958『弥次喜多道中記夫婦篇 弥次喜多道中双六』(弥次喜多道中記) 東宝
助演1959『森の石松幽霊道中』  宝塚映画(東宝の配給) 追分三五郎(2番手)   主演=加東大介 
助演1959『暴れん坊森の石松』  宝塚映画(東宝の配給)  追分三五郎(2番手) 主演=加東大介
30
助演1959『日本誕生』  東宝  主演=三船敏郎 紀元前舞台
助演1960『半七捕物帖 三つの謎』  東映(京都)  主演=片岡千恵蔵
助演1960『森の石松鬼より怖い』  東映(京都)  小松村七五郎 主演=中村錦之助 時代劇と現代劇のミックス
主演1960『狐剣は折れず 月影一刀流』  東映(京都)
主演1961『鳴門秘帖(1961)』  東映(京都)  法月弦之丞
主演1961『鳴門秘帖 完結篇』  東映(京都)  法月弦之丞
主演1961『白馬城の花嫁』  東映(京都)  美空ひばりとダブル主演 ☆通産時代劇映画主演20 明朗歌謡物
主演1961『幽霊島の掟』  東映(京都) 主演=大川橋蔵 両御大なしのオールスター
助演1962『さくら判官』  東映(京都)  2番手的役柄    主演=片岡千恵蔵 遠山の金さんシリーズ
主演1963『次郎長三国志(1963)』  東映(京都)  清水次郎長
40
主演1963『続・次郎長三国志』  東映(京都)  清水次郎長
主演1964『次郎長三国志 第三部』  東映(京都)  清水次郎長
主演1965『いれずみ判官』  東映(京都) 遠山金四郎(遠山の金さん)
主演1965『次郎長三国志 甲州路殴り込み』  東映(京都) 清水次郎長 4作目の完結編   ☆通産時代劇映画主演26
助演1969『賞金稼ぎ(1969)』  東映(京都)  徳川家重   主演=若山富三郎  助演のみ19
45



*ここではしていませんが『影法師(1950)』 を1本扱いとする場合は助演と出連数が1本増えます。さらに『森の石松鬼より怖い』は千恵蔵×マキノ雅弘の黄金コンビ名作の『続清水港』のリメイクで、小松村七五郎は(劇中では小松村の七五郎)ですが、小松村七五郎が多く、森の石松の地元の兄貴分で作中の重要な役柄です。今では映像化が減少し、あまり知られていませんが、小松村七五郎は歴代の多くの名優が演じている有名な役柄です。



鶴田浩二は戦後のみとした場合の主演スターとしては日本映画でもっとも映画に出演しました。戦前含むと300作以上に主演スターで出演した片岡千恵蔵や市川右太衛門、長谷川一夫がベスト3で上位、ここでは嵐寛寿郎は助演と脇役メイン時代が膨大110本を越すので上に含んでいません。

鶴田浩二の260作ほどの映画出演で、215作の(時代物の江戸時代以降を含む)現代劇、45作の時代劇映画に出演、26作の主演で助演は19作でした。一世を風靡した1960年代から1970年代前半の東映時代は主に任侠物、やくざ物、戦争物、1940年代後半から50年代前半の初期の松竹時代は若者や青春物にも主演出演しました。現代劇映画のほうがメインとはなりますが、時代劇でも十分に大活躍しました。


鶴田浩二は大先輩俳優、大先輩の映画スターでもあるわけですが長谷川一夫の1948『遊侠の群れ』 で初めて時代劇映画に出演しました。その次に阪東妻三郎とも共演、時代劇を学び、俳優としての幅を大きく広げることになったといえるでしょう。その後、現実の師といわれる高田浩吉、ライバルの三船敏郎と共演やダブル主演、美空ひばりなどと共演、

実は片岡千恵蔵に次ぐ、御大ともいわれた市川右太衛門との共演の時代劇映画は1作もありませんでした。これは以外といえば以外かもしれません。映画やドラマファンとしては見たい共演でした。忠臣蔵、清水次郎長、遠山金四郎、股旅物、宮本武蔵、眠狂四郎、鼠小僧次郎吉、鳴門秘帖、天保水滸伝、いわゆる柳生物など幅広くの有名題材出演、主演の大活躍しました。


『新選組(1973)』(東映の製作)は、東映映画時代の大先輩の片岡千恵蔵が歴代最多の7作の映画に主演、定着させたことも大きく影響していると考えられ、鶴田浩二という大スターがいまだ有名題材に大スターが出演、主演していないことからテレビドラマの制作につながりました。東映つながりでもあるわけです。





1961年東映作品しおり 半七捕物帖 三つの謎 B5サイズ・2つ折りタイプ 片岡千恵蔵 鶴田浩二 東千代之介 映画パンフレット・兼用

『半七捕物帖 三つの謎』は片岡千恵蔵と鶴田浩二の時代劇の初共演作にして、半七捕物帖題材の捕物時代劇映画です。三大スター片岡千恵蔵(主演の半七役、現代劇でいうと刑事の職務)、鶴田浩二(主要)、東千代之介(主要)は直ぐにわかる方が多いと思いますが、4人目(主要)は誰でしょうか。

4人目は沢村訥升(さわむらとっしょう)のちの歌舞伎俳優の九代澤村宗十郎です。彼は俳優の勉強に一時的に東映映画の時代劇スターとして活動していました。約3年後に歌舞伎俳優の専門に戻りました。この映画のプロデューサーは玉木潤一郎、監督は巨匠佐々木康です。





鶴田版の『新選組(1973)』が作られる流れには、有名題材がまだという理由、大先輩の新選組映画7作による題材の通産最多観客動員、さらに最大のライバルのヒットの存在がありました。



今回の裏記事 裏側で独自展開中 歴代大社長さえも尊敬するGメン形成男一代からハロプロ含む歴史70年 Gメン令和元年


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[ 2019/09/24 23:00 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(5)

テレビドラマ歴代上位功労者の飯島敏宏と時代劇革命的名作たち




今回はテレビドラマ歴代上位功労者の飯島敏宏と時代劇革命的名作たちと題してスタートします。





前回記事⇒松竹テレビ時代劇の曰く付き名作「風」に大巨匠ぷらす視聴率70パーセント俳優





日本のテレビドラマを代表するプロデューサー飯島敏宏の意外な初期活動








飯島敏宏は日本のテレビドラマを代表するプロデューサーの一人です。前回記事でも取り上げている『風(1967)』では監督の一人に過ぎませんでしたが、その後、プロデューサーと演出としてTBSのドラマを中心に活躍していきます。

TBSの演出家を経て、全体的にプロデューサーの「木下恵介・人間の歌シリーズ」、プロデューサーと演出の「金曜日の妻たちへシリーズ」、企画は『毎度おさわがせします』などの代表作を残しています。





飯島敏宏は特に初期ですが、時代劇ドラマとも大きな関わりがありました。これはあまり知られていない部分かもしれません。作品が現存していないためがもっとも大きな部分ですが、彼ののちの現代劇ドラマの成功の裏には時代劇ドラマの経験が強くあったのではないでしょうか。

初期の1960年代までの主なものとして1959年から『鳴門秘帖』、『朝焼け富士』、東芝日曜劇場内の1961年『赤西蠣太』、1967年に『風(1967)』などを演出しています。






国民作家の吉川英治の世界的に知られる「宮本武蔵」に次ぐ代表作






鳴門秘帖」は国民的、さらに世界的に知られる有名小説「宮本武蔵」に次ぐ、国民作家の吉川英治の上位代表作の一つで戦前から市川右太衛門、嵐寛寿郎(前芸名の嵐長三郎名義も含む)、長谷川一夫など時代劇映画を代表する俳優たちで映画は21作が作られた有名小説です。『朝焼け富士』は市川右太衛門の主演で東映の1953年に前後作が映画公開され、監督は松田定次です。偶然です。

飯島敏宏がのちの『風(1967)』で同作品に監督として参加する、あの巨匠松田定次の映画監督時代の作品をテレビドラマで演出していたことになり、『風(1967)』の監督同士で関与することはこの時点で必然でした。


鳴門秘帖 DVDBOX

NHKのBS時代劇で全10話放送された『鳴門秘帖(2018)』のテレビドラマです。数多くの映画スターが演じてきた主人公の法月弦之丞を2004年のNHK大河ドラマ『新選組!』の土方歳三役の印象が強い山本耕史が演じました。1955年代からこのドラマの2018年時点で63年を越す、時代劇歴長期間の大ベテラン中村嘉葎雄も出演しています。






時代劇革命を巻き起こした『赤西蠣太』の映画とテレビドラマ






赤西蠣太』は1936年に映画主演350作級の歴代大スター片岡千恵蔵(赤西蛎太と原田甲斐の2役)と巨匠の伊丹万作の名コンビで千恵プロ時代に映画化された代表作の一つのドラマ版で、原作は文豪の志賀直哉、3度のドラマ化されています。

最初がTBS系東芝日曜劇場の228話、映画主演100作の名優の水島道太郎が主演の1961年版、石井ふく子がプロデユーサーで演出が飯島敏宏、脚本はオリジナルの伊丹万作、2度目がANNことテレビ朝日系のMBS、「テレビ文学館-名作に見る日本人-」の第3回として放送され、名古屋章が赤西蠣太を演じたと考えられ、脚本の茂木草介と演出の信太正行はほぼ一般的に無名な人物です。

3度目が巨匠の市川崑と名優の北大路欣也のコンビで1999年にテレビ東京系で2時間枠の長編ドラマが作られています。脚本はオリジナルの伊丹万作赤西蠣太(赤西蛎太の表記もあり)、戦後直後から大映映画の全盛期に美術で活躍、その後は美術の活動も継続しながら映画プロデューサーとしても5作強の代表作を残し、日本映画界の功労者の西岡善信がプロデユーサーと美術で参加、

市川崑伊丹万作を深く尊敬し、大きな代表作の「赤西蠣太」と「国士無双」に自分の映画監督感の影響を受けたのは有名な話です。のちの千恵蔵が初代の「金田一耕助シリーズ」の石坂版をいくつか監督しているので事実上の片岡千恵蔵の影響も同時に深く受けています。


「赤西蠣太」と「国士無双」の幅広い影響は、その後の日本映画に多大な影響を与え、喜劇俳優の榎本健一や古川ロッパなどの東宝の喜劇時代劇映画やわたしも彼の名前ばかり出すのは大嫌なのですが、戦後の黒澤明の西部劇と時代劇を掛け合わせた『七人の侍』、『用心棒』のありえない血しぶきなどの斬新な時代劇映画や現在のアニメにつながるまで構想、発想にも大きな影響を与えています。





赤西蠣太(赤西蛎太)の主な映像化作品
1936年の映画   主演=片岡千恵蔵 監督と脚本=伊丹万作
1961年のドラマ  主演=水島道太郎 演出=飯島敏宏  脚本=オリジナルの伊丹万作
1968年のドラマ  主演=名古屋章 演出=信太正行  脚本=茂木草介
1999年のドラマ  主演=北大路欣也 監督=市川崑  脚本=オリジナルの伊丹万作





市川崑は以前から敬愛する先輩監督の赤西蠣太を自分が監督してみたい作品だったことでしょうし、本当は映画で赤西蠣太をやりたかったでしょうが、残念ながら映画ではなくテレビドラマになってしまいました。

ですが再び赤西蠣太を映像化することに成功、その伊丹版の主演の千恵蔵と縁がある北大路の主演を実現させました。北大路欣也は大スター市川右太衛門の実子ですが、俳優としては父のライバルの一人だった片岡千恵蔵のほうが大きいと考えています。

影響、例えば忠臣蔵映画1959「忠臣蔵 桜花の巻 菊花の巻」で千恵蔵が演じる大石内蔵助の息子役の大石主税を演じているなどもありますが、この作品で赤西蠣太を演じているだけではなく、テレビドラマを含めた通産で演じた役柄もありますが、時代劇だけでなく現代劇にも強く進出し、両方で大きな功績をあげるなど、多彩に活躍した片岡千恵蔵の影響のほうが大きく、市川右太衛門は多彩な挑戦を控えて、時代劇の一方向の演技や同方向性を最後まで貫いた系の俳優でもあるからです。

ユーチューブなどにあるかもしれませんが、北大路欣也はまだ全員だったときのTOKIOのフジテレビの深夜バラエティ番組に出た際に片岡千恵蔵市川右太衛門の両御大ことや影響、偉大過ぎる先輩への尊敬の想いに関しても少し話しています。






赤西蠣太の映画3バージョンと北大路欣也×市川崑のドラマバージョンの商品化?






赤西蠣太の映画は3バージョンが存在しています。

赤西蠣太は公開時のオリジナル88分版(制作=片岡千恵蔵の映画会社の千恵プロ、配給=日活)と現存78分版、現存77分版の3作があります。現在も残っているのは後者の2バージョンです。



片岡千恵蔵×伊丹万作の「赤西蠣太」 映画の3バージョン
1.赤西蠣太 公開時のオリジナル88分版
2.赤西蠣太 現存78分版
3.赤西蠣太 現存77分版(商品化版)




赤西蠣太 [VHS]
赤西蠣太 [VHS]
千恵プロの著作権を持つ日活が1995に発売したVHS版です。1936年に眉毛を異様にぶっとくしたことも斬新、現代なら売れていない若手俳優や脇役、B級俳優、アングラ系俳優ならまだわかる演出部分ですが、しかもそれを一級の国民的映画大スターが当時に演じたところにも大きな意味がありました。このことも大きな革命でした。

外れればただの滑稽(こっけい)な失敗作の可能性があった中で、千恵蔵以外の他のスター俳優なら断固拒否していたことでしょうが、上司でもあり主宰の千恵蔵は革新的、斬新な万作の映画案を驚異的ともいえる柔軟な考え方で受け容れ、この映画の個性の数々が実現しました。


主演=北大路欣也 監督=市川崑の1999年のドラマ「赤西蛎太」は商品化はされていませんが、CS放送の時代劇専門チャンネルでハイビジョン版として放送され、個人的に録画しています。そちらで視聴可能です。




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裏記事は来週から再来週中を予定しています。
場所⇒偽者Gメンたちが本物Gメンたちを救う極瞬間 Gメン70周年と未来






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[ 2019/06/27 00:02 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(3)

「凶悪の望郷」の鍵と扉 平成最後はテレビドラマに多大影響を与えているアノ男が大トリを飾る



平成最後の冬、最後の年末、日本人にとってはかけがえなく大きく大切なものだとわたくしチワワドラは考えています。この時代に生きている、存在している、存在したことの証なのですから、そんな最後の12月の最後の記事、やはり日本の映画やテレビドラマにもっとも幅広く、深く数多く貢献した”あの男で大トリを飾る”ことになりました。



15年ぶりに視聴した『非情のライセンス』第1シリーズの40話「凶悪の望郷」は15年ぶりくらいに視聴しまたが実に素晴らしい回でした。ゲストの個性を最大限に活かし、見せたい部分をきちんと見せ、展開が読めても楽しめる、よけるからこそよい、清清しさ、今や展開の見えない視聴者への煽りやハラハラばかりで描くことのほうが安易で安っぽいからです。展開の引っぱり芸中心などアメリカの真似程度にほかなりません。



テレビドラマ1話分の44分ほどの内容(『非情のライセンス』第1シリーズ40話「凶悪の望郷」の劇中分数)で描けることには限度があります。だから多くの深みや重複製はこの短時間、1時間弱の劇中分数の中で大きな鍵となります。ドラマファンでなければただ視聴しただけ、一時的な娯楽として特色や重要な部分を見逃しがちだからです。

40話「凶悪の望郷」もやはりテレビドラマの黄金期の1970年代、テレビドラマ全体に名優がもっとも多く存在したコトが大きな鍵となっています。



<「凶悪の望郷」の鍵と扉 平成最後はテレビドラマに多大影響を与えているアノ男が大トリを飾る>の開店です。




前回記事⇒国民的2大探偵 金田一耕助俳優&明智小五郎俳優の秘蔵師弟関係






非情のライセンス』第1シリーズ 40話 「凶悪の望郷」 主演 天知茂





40 「凶悪の望郷」 
脚本=今村文人 監督=永野靖忠



<「凶悪の望郷」の全キャストクレジット表記順>

会田刑事=天知茂 竜巻太郎=左とん平 木村秋子、松井洋子=大川栄子 戸塚修=今井健二 沼本平吉=由利徹 歌手=内田あかり 上野=山岡徹也 桂=長谷川弘 岩田刑事=岩城力也 組員A=団厳 幹部=五野上力 大月優子 木村弓美 佐々木順子 今村昭信 松沢勇 松下昌司 鈴木義紀 擬斗=加賀麟太郎 マダム=星美智子 須藤=倉岡伸太朗 真中=加藤嘉 マダム=星美智子 須藤=倉岡伸太朗 真中=加藤嘉     松井良作=片岡千恵蔵(特別出演)





<「凶悪の望郷」の全キャストクレジット表記順と内訳>


会田刑事=天知茂(主演)

竜巻太郎=左とん平(準レギュラー)

木村秋子、松井洋子(二役)=大川栄子(この話の事実上のヒロイン的扱い)

戸塚修=今井健二 沼本平吉=由利徹 歌手=内田あかり 上野=山岡徹也 桂=長谷川弘 
岩田刑事=岩城力也(準レギュラー) 組員A=団厳 幹部=五野上力 

大月優子 木村弓美 佐々木順子 今村昭信 松沢勇 松下昌司 鈴木義紀(役名の表記なし) 

擬斗=加賀麟太郎(現在だと擬闘表記が多い、もちろん擬斗なので出演はしていない)

マダム=星美智子 須藤=倉岡伸太朗 

真中=加藤嘉(かなりの名優のため単独表記)


松井良作=片岡千恵蔵(特別出演) もちろん単独表記、中央画面に主演の会田刑事=天知茂よりも画面に大きく表示の大トリ





非情のライセンス』第1シリーズ 40話 「凶悪の望郷」はゲストの片岡千恵蔵と縁がある俳優が多数出演しています。この部分がこの話数の大きな特色です。



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ゲストの片岡千恵蔵と縁がある俳優が多数出演が鍵 左とん平岩城力也パート






竜巻太郎=左とん平 岩田刑事=岩城力也の両名は『非情のライセンス』第1シリーズの準レギュラーです。この2人はあまり関係はありません。岩田刑事役の岩城力也は脇役俳優として活動し、俳優人生でほぼ目立つ作品がない人物でしたが、この『非情のライセンス』はセリフや出番が明確に認識できる準レギュラーとして存在感を部分的に放ち、最大の代表作としています。この40話でも一場面を任せられている箇所があります。


左とん平は主に喜劇俳優として活動し、1970年に映画やドラマに多く出演の自身の全盛期、いくつかのヒット作に助演、ほぼ脇役で出演、この『非情のライセンス』シリーズにおける出演も彼の代表的な出演の一つで、作中の扱いや役割は喜劇要因、第2シリーズでは刑事役で登場します。




ゲストの片岡千恵蔵と縁がある俳優が多数出演が鍵 星美智子と倉岡伸太朗パート





星美智子は戦前から片岡千恵蔵の”千恵蔵映画”の大ファンだったことを明かし、東映時代劇中心の1950年代から1960年代にかけてに活躍した東映中心のヒロインや助演の女優です。実姉の星玲子は戦前の1930年代に日活現代劇中心に活躍したスター女優で、日活時代劇映画1939年『自来也』、別題『忍術三妖傳』(時代劇特撮と妖術=忍術的、仇討ち、明朗の要素を組み合わせた千恵蔵とマキノ雅弘のコンビの数多くある代表作の一つ)で片岡千恵蔵のヒロインを務めたことがあり、星美智子はこの頃からのファンのようです。


*”千恵蔵映画”=実際に千恵プロ時代の膨大な映画群にこのクレジットあり


片岡千恵蔵を恩師の一人としている2018年に死去した名女優の赤木春恵は、NHKのラジオインタビューの中でお通(千恵蔵の宮本武蔵のヒロイン、戦中版宮本武蔵の監督は時代劇映画の大巨匠の伊藤大輔)との別れのことを話していましたが、この別れのシーンは戦中の戦地へ死ににゆく男性を見送る女性の悲しみと連つけて、男女の別れが描かれました。片岡千恵蔵は戦前と戦中の大ヒット映画「宮本武蔵シリーズ」でも多くのファンを生んだようで、星美智子も視聴していたことでしょう。『非情のライセンス』第1シリーズ40話「凶悪の望郷」の星美智子の出演は、とあるバーのマダム役で千恵蔵の特に序盤のシーンに登場しています。


倉岡伸太朗(別名義・倉丘伸太朗)は片岡千恵蔵が目にかけていた俳優の一人とも言われています。彼は千恵蔵のテレビドラマ主演の代表作的なテレビ時代劇『軍兵衛目安箱』(1971)で黒田軍兵衛の部下役を演じ、共演しています。千恵蔵の演じた黒田軍兵衛は脚本の結束信二が軍師の黒田官兵衛(黒田孝高)をデフォルメしたキャラクターだと考えられます。結束信二は片岡千恵蔵の映画時代に多くの縁がある名脚本家の一人です。「凶悪の望郷」では千恵蔵演じる役柄の過去の事件と関与しており、師と後輩の2人の共演シーンが作られています。





ゲストの片岡千恵蔵と縁がある俳優が多数出演が鍵 今井健二 加藤嘉 再び左とん平パート





真中=加藤嘉は大映から東映で作られた「千恵蔵のギャングシリーズ」や「多羅尾伴内シリーズ」に多数助演し、個人的にも視聴していますが、刑事役を多く演じているなど、千恵蔵にかなり世話になった人物の一人です。大女優の山田五十鈴の最後の夫で映画の名優です。今井健二(今井俊二)は片岡千恵蔵治世、天下の東映映画の後輩として、同期に高倉健、丘さとみなどの東映ニューフェイス第2期生としてデビュー、この時点で影響を受けていたということが言えるでしょう。千恵蔵の代表作だと「千恵蔵のギャングシリーズ」の名作『最後の顔役(1963)』と1963『ギャング忠臣蔵』に脇役で出演。



左とん平は関係ないと書きましたが、間接影響に関与しています。それは1969年の松竹映画『七つの顔の女』(岩下志麻主演)に出演しています。 『七つの顔の女』は片岡千恵蔵の現代劇映画の代表作シリーズの一つ「多羅尾伴内シリーズ」(別名「七つの顔の男シリーズ」の影響作の一つです。また、40話「凶悪の望郷」劇中のある場面で左とん平演ずる竜巻太郎が多羅尾伴内のことを話す場面が存在しており、印象に残る場面の一つといえるでしょう。





ゲストの片岡千恵蔵と縁がある俳優が多数出演が鍵 由利徹パート





由利徹は東宝の喜劇時代劇映画でも存在感を残した全般は喜劇俳優ですが、東宝喜劇時代劇は片岡千恵蔵が1930年代に旋風を起こしたナンセンス時代劇映画の影響受けています。


片岡千恵蔵の特に伊丹万作とのコンビ(当時のキネマ旬報ベストテンランクインや他のベストテン賞に多くがランクインするなどの高い評価や大影響)で1930年代中心に大当たりしたナンセンス時代劇、ナンセンス時代劇映画がありましたが、1938年にピー・シー・エル映画製作所(=略称はP.C.L.)を経て創立した東宝では、喜劇三大俳優の榎本健一や古川録波(古川ロッパ)、柳家金語楼が千恵蔵のナンセンス時代劇映画の影響を受けた東宝は喜劇時代劇、喜劇時代劇映画を形成、


戦後からは森繁久彌なども東宝喜劇時代劇で活躍、由利徹も助演でいくつかの東宝喜劇時代劇映画に出演、森繁久彌も千恵蔵の影響(千恵蔵が形成したナンセンス時代劇の影響を受けた当方の喜劇時代劇映画でも活躍)を本人や自分の演技を見出したマキノ雅弘(千恵蔵とマキノ雅弘の特に戦前の名コンビの恩恵、そのマキノ雅弘の力で東宝「次郎長三国志シリーズ」の助演の森の石松が映画最初の当たり役、しかも森の石松は千恵蔵もハマリ役の一つにしている役)を通じて幅広く影響を受けています。由利徹もこの頃にいくつかの東宝喜劇時代劇に出演を果たしている間接的な恩恵を受けています。


また、由利徹の東映出演作では千恵蔵の直属後輩の高倉健が主演した「網走番外地シリーズ」に多数助演し、間接的な影響を受けていたことになります。

ちなみに上記部分で登場させた伊丹万作つながりで少し逸れますが、千恵蔵がいなければ現在もマスコミが誇張して取り上げる伊丹十三もいませんでした。その影響は父の実積(千恵蔵×万作のコンビの大成功)が自分の映画製作と活動の路線に大きな影響を与えているからです。





ゲストの片岡千恵蔵と縁がある俳優が多数出演 開いた扉(=まとめ)






最後に前回、前々回の関連記事でも取り上げていますが、主演の会田刑事役の天知茂も自分の活動や路線に影響を受けています。

そんなことで40話「凶悪の望郷」はゲストの片岡千恵蔵と縁がある俳優が多数出演していますし、表上はゲスト扱いですが、事実上の主演としても描かれています。これが凄く面白い部分です。2018年の最後の記事、平成最後の12月、やはり大トリにふさわしく、映画だけではなく、テレビドラマにも大きな影響を現代も数多く与えている超大俳優の片岡千恵蔵になりました。


映画ブログはマキノ雅弘であり、わたくしチワワドラとしてはふさわしい記事の最後だと感じています。




裏記事の公開 2019.1.8 ↓
刑事ドラマにつながるGメン映画のキズナアイの理由




姉妹の映画ブログの新記事 やはり最後の最後はこのドラマ記事は千恵蔵、下記の映画はマキノ雅弘の両大巨搭がお出ましだ
生誕110年天下大巨匠マキノ雅弘伝 浪人旋風影響に黒澤明 近衛十四郎 三船敏郎 阪東妻三郎






「多羅尾伴内」の七つの顔の男と「名探偵コナン」の安室透のトリプルフェイス まさかのパクリ疑惑





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片岡千恵蔵は時代劇中心映画俳優だからできる身のこなしと独自な整い美、製作者としての自己や映画のプロデュース力、突き抜けた個性を魅力的に見せるため複数要素をふんだんに詰め込んだ多彩さ、世界中の他の誰にも真似できない独自な映画、”千恵蔵映画”が「多羅尾伴内シリーズ」でした。



アニメ映画「名探偵コナン」の安室透(声・古谷徹)=トリプルフェイスの異名のキャラクター(役柄)は多羅尾伴内(俳優・片岡千恵蔵)=七つの顔の男(戦後直後から大ヒットした大映と東映の映画シリーズ)の異名から来ています。名探偵コナンはほかにも数多くの元ネタがあるキャラクターが登場します。これまでも銭形平次やシャーロックホームズ、明智小五郎など多数の元ネタを持つキャラクターが登場、

そして今回は安室透のトリプルフェイス(三つの顔の男)、元ネタは名探偵の多羅尾伴内=「七つの顔の男」なのです。これは「名探偵コナン」の原作者の青山剛昌の良い意味でのリスペクトであれば良いのですが、悪く言えば青山剛昌、日本テレビ、映画配給の東宝のパクリとも考えられてしまいます。



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[ 2018/12/24 23:42 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(2)

国民的2大探偵 金田一耕助俳優&明智小五郎俳優の秘蔵師弟関係










横溝正史の金田一耕助の初映像化である初代「金田一耕助シリーズ」(1947~1957、6作から総集編や改修版など含めると11作説)で金田一耕助役を映画で演じて、原作有の探偵概念を初めて日本の映像史に定着された片岡千恵蔵、当時概念の観客動員もそこそこの数字を記録して、千恵蔵の十八番の一つとも記録が残さされています。その後、多くの俳優で映画やテレビドラマ化、現在も(2018年はNHKで70年以上にわたって)映像化されています。


そのライバルともいえる有名な探偵の明智小五郎役を「江戸川乱歩の美女シリーズ」(テレビドラマ長編が全25本、1977~1985)を映像化で定着させた天知茂、明智小五郎役は映画でもそれまでも映像化されていましたが、具体的にヒットさせたという面では天知茂が大きな存在でした。その後、テレビドラマでも多く映像化、明智小五郎は映画だとカルト路線として作られています。


互いが実積の一部に探偵概念の縁や共通点のある俳優同士であり、刑事や探偵、時代劇で関わりがあった大先輩と後輩です。今回はさらにもう数歩は片岡千恵蔵天知茂の関係に迫れたらと考えています。「国民的2大探偵 金田一耕助俳優&明智小五郎俳優の秘蔵師弟関係」スタートです。






この記事の前記事(事実上の1)⇒国民的テレビ時代劇「大岡越前」がつないだ歴代大先輩と次世代を担う後輩と45年間の共同キセキ



千恵蔵と天知に関する前回の正当な前記事(事実上の2)⇒国民的テレビ時代劇「大岡越前」がつないだ歴代大先輩と次世代を担う後輩と45年間の共同キセキ

*下記の今回が3つめ




片岡千恵蔵の1時間連続ドラマのゲスト出演 縁がある後輩俳優の3つのテレビドラマ





さらにもう一つ、決め手とも言える大先輩と後輩の親交のつながりを示す大きな証拠が存在しています。それが刑事ドラマの名作の『非情のライセンス』です。片岡千恵蔵はテレビドラマに多数出演しましたが、。ほとんどがテレビ時代劇であり、現代劇にはほとんど出演しませんでした。






片岡千恵蔵の1時間連続ドラマのゲスト出演

非情のライセンス』第1シリーズ 40話 「凶悪の望郷」 主演 天知茂 1973年12月に放映
『桃太郎侍』(高橋英樹版) 221回 「どうぞお縄を………」 主演 高橋英樹 1981年1月に放映
『銭形平次』(大川橋蔵版) 768回 「平次 潜入大作戦」  主演 大川橋蔵 1981年6月に放映




片岡千恵蔵の1時間連続ドラマのゲスト出演は上記の3つのみ、個人的に3つとも視聴済みです。時代劇は『桃太郎侍』と『銭形平次』の2つ、現代劇はなんと『非情のライセンス』のただ1度だけであり、2人には何かに通じた部分があったのでしょう。片岡千恵蔵は戦前から時代劇概念の形成と牽引に尽力した国民的映画スターであり、戦前から日本の芸能界を牽引してきた大人物、なんの関わりもない人物のテレビドラマ作品にはほぼ出演していません。





片岡千恵蔵 著作権配慮

*上記写真は片岡千恵蔵が『非情のライセンス』の40話「凶悪の望郷」で演じた松井良作役のクレジットが登場したシーン、最近の俳優は韓国や日本にも多いが、少し活動したクラスの実積の俳優が軽く特別出演の扱いされることがありますが、彼は正真正銘の超大俳優であり、(特別出演)は事実で当然でした。著作権侵害の配慮のため、顔は隠しています。








後輩の3スター天知茂高橋英樹大川橋蔵と共演の意図と関わり





非情のライセンス』の天知茂、『桃太郎侍』の高橋英樹、『銭形平次』の大川橋蔵の3名はそれぞれに何らかの縁があった人物です。『銭形平次』の大川橋蔵は東映映画時代の直属の後輩の大物スター俳優、映画共演数も数十作にのぼりますし、高橋英樹とは映画を含めると日活映画の後輩や時代劇そのものの後輩ですし、テレビ時代劇の秀作『編笠十兵衛』(1974~75、東映とフジテレビ系)と『十手無用-九丁堀事件帳-』(1975~76、東映と日本テレビ系)で高橋は主演、両方とも千恵蔵は準レギュラーで全話(特別出演)の関係で多く共演しています。もちろん互いに全話視聴済みですが、両方とも素晴らしい作品でした。千恵蔵はその流れで『桃太郎侍』に出演していました。


天知茂とも何の関わりもないと出演はしないクラスの大俳優ですから、大岡越前(第1~3部)の共演があったことが大きく影響していると考えるべきでしょうし、それが縁で出演したということが現実だと考えることが普通でしょう。


今回、この記事のこともありますが、『非情のライセンス』の40話「凶悪の望郷」を15年以上ぶりに視聴しました。上記”片岡千恵蔵の1時間連続ドラマのゲスト出演”からもわかりますが、テレビドラマ現代劇のゲスト出演はこの『非情のライセンス』の第1シリーズの40話のみで、天知茂との共演は凄く貴重なものだったことがわかります。二人が初めて共演した「大岡越前」第1部~第3部(1970~1973)の第3部は1973年1月に終了、その後、11ヶ月ほどを経て、『非情のライセンス』の40話(1973年12月に放映)に出演したことになり、このことからも天知茂の片岡千恵蔵への大きな尊敬が伺える部分です。






「非情のライセンス」は「太陽にほえろ!」よりもハードボイルド路線 そして対話や対面劇の要素





そもそも『非情のライセンス』の第1シリーズは1973年4月から1974年3月の毎週木曜日22時台に1年間の全52話が放送され、全体は刑事ドラマジャンル、『太陽にほえろ!』(1972~)などに反して、比較的に多く描かれる刑事同士の人間関係や人情要素というよりは殺人事件やヤクザや拳銃、盗難、政治家の汚職などの題材をアクションや銃撃を交え刺激的、過激的に動を描いて、ハードボイルド刑事ドラマとも題されていましたが、それに反して静の部分的に対話や対面劇の要素も存在しており、特に大物ゲストが参加した場合はこのような対話や対面劇の要素が強くなることがあります。



千恵蔵がゲスト出演した40話「凶悪の望郷」は1973年の12月13日(大安)に放送され、ちなみに当時のカレンダーを捜して確認しています。この話数もゲストとの共演ぶりを描きながら捜査を行いつつ、ゲストの出番と事件の一端を解決させる内容です。




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天知茂の当たり役の明智小五郎役は、1985年の死後以降の「江戸川乱歩の美女シリーズ」の流れだと、北大路欣也や西郷輝彦が演じていますが、彼ほどの評判を呼ぶことはできませんでしたし、こわもてながら芯のある紳士さと心根の温かさを秘めた彼の明智小五郎は定着していました。25本13つの大量のDISCは本当のドラマファンに価値があるものです。





今回の記事の裏道記事
2018-12-04 刑事ドラマに連結するGメン映画 忘れてはならない特撮テレビドラマ超貢献の名脚本家



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月形龍之介の助演代表作と「雄呂血」名匠 知られざる多数代表作から不思議な悲運


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[ 2018/11/24 22:09 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(6)

『遠山の金さん』と『宮本武蔵』で再浮上 時代劇形成千両役者と長年続く奇妙因縁





テレビ時代劇『旗本退屈男(1973)』に参加した稲垣浩、渡辺邦男、佐々木康、伊賀山正光、佐伯清、山崎大助、龍伸之介の中から今回は佐伯清監督に迫りたいと思います。彼の実積を知ることで低迷しているテレビドラマ界の再起や飛躍のヒントが隠されているかもしれません。

今回は『遠山の金さん』と『宮本武蔵』で再浮上 時代劇形成千両役者と長年続く奇妙因縁ち題して独自列車が走ります。




前回記事⇒テレビドラマで実現した通産43年の終着駅 主演俳優の苦悩苦闘の前に欧米人



名音楽家の牧野由多可とテレビ時代劇『旗本退屈男(1973)』






東映チャンネルは2018年6月から7月にかけてテレビ時代劇『旗本退屈男(1973)』をハイビジョン版で再放送をしています。チワワドラマはアニメも好きですが、特に東映時代劇のファンでもあり、東映チャンネルに長年加入しています。『旗本退屈男(1973)』は以前に時代劇専門チャンネルでCS初放送されたときにハイビジョン版で初めて録画していますが、今回も新たに2018録画版として再録画しています。

部分的に少し見直しましたが、『旗本退屈男(1973)』の牧野由多可は現在聴いても曲が良いですよね。彼は作曲を山田耕筰に師事して邦楽合奏も得意としており、手がけたテレビドラマ音楽にも独特な個性を残しています。ですが、テレビドラマの音楽の数がすごく少ない部分が難点です。


牧野由多可は『旗本退屈男(1973)』のほかに刑事ドラマの大ヒット作『特別機動捜査隊』の1961~1966年まで初代の音楽やテレビ時代劇『お命頂戴!』(1981)は印象的です。『特別機動捜査隊』も独特でセンスが良いわけですが、片岡孝夫(現在の片岡仁左衛門)が主演した秀作時代劇『お命頂戴!』のテーマ曲だけでなく、劇中曲の数々が作品の中で異彩な光を放っており、個人的に名曲です。邦楽の要素を映像音楽としてかみ合うように上手に仕上げ取り入れています。彼なりの和の表現が感じられ、ドラマの中で曲が聞けますが劇中曲のサントラがないのが非常に残念です。


現在の日本の音楽家も欧米音楽だけではなく、この邦楽の要素を映像音楽をぜひ行ってほしいものです。


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テレビドラマ『旗本退屈男(1973)』に行き着くまで 佐伯清の存在





『旗本退屈男(1973)』の参加話数
佐伯清 9、10、22話



チワワドラは下記の内容をドラマブログで全面に出していいのか、正直悩みましたが、彼もテレビドラマでも監督を担当したため、映画のことも登場させています。佐伯清はテレビドラマの監督としても活動しましたが、9割が映画で活躍した人物だからです。

この『旗本退屈男(1973)』を独自な形で取り上げるためには重要なことだと考えて今回も挑戦させていただいています。





佐伯清 離れても引きつく磁石を白日の下に晒す 歴代超大物スターと長年続いた奇妙な因縁





佐伯清は片岡千恵蔵の映画会社の千恵プロ(時代劇形成貢献と戦後の黄金期を牽引した歴代映画スター片岡千恵蔵の映画製作会社、全体は戦前の時代劇映画の最王手の日活映画が配給)で、伊丹万作の代表作の2本、1935『戦国気譚 気まぐれ冠者』、1936『赤西蠣太』の助監督デビュー、その後、伊丹万作は東宝に引き抜かれてしまい、移籍に伴って佐伯清も東宝へ移籍、1938年『巨人伝』などの東宝の製作担当を経て、1940年代後半に監督デビュー、長谷川一夫の好評価の現代劇『ぼんぼん』を手がけ、同俳優の「銭形平次捕物控シリーズ」の事実上の1作目の1949年『銭形平次捕物控 平次八百八町』(配給・新東宝)を監督、のちの10作以上となるシリーズの形成に大きく貢献します。


その後は新東宝時代に1951年に片岡千恵蔵がトップスターとしてスタートの映画会社の東映の創立直後の千恵蔵の「ギャングシリーズ」&「にっぽんGメン」の3作目1951『にっぽんGメン 不敵なる逆襲』を手がけるも東映へ移籍せず、新東宝映画中心に、東宝で大河内傳次郎の最後の主演・大石内藏助の『四十八人目の男』(1952)を手掛け、ようやく1953年に東映へ正式移籍、東映映画1作目は山田五十鈴と大友柳太朗による1953『加賀騒動』でした。


赤西蠣太 [VHS]
赤西蠣太 [VHS]

MANSAKU ITAMIの英大文字が印象的、実は赤西蠣太や国士無双は近年に欧州で上映されて評価されています。当時、これを製作したことが凄い事です。


上記の画像の通りにっかつ名作映画館の扱いでリリースされていますが、製作は千恵プロ、配給は日活なので日活作品にも該当します。原作の文豪・志賀直哉が名作映画「赤西蠣太」の撮影中に片岡千恵蔵伊丹万作のエスコートとを受けて、千恵プロの撮影所を接対、案内されたというエピソードが残されています。「赤西蠣太」の助監督だった佐伯清もそこにいたのかも知れません。

志賀直哉は撮影所の経験が生涯嬉しかったようで、チワワドラはこの音源を聞いていますが、志賀直哉が存命中に出演したNHKのラジオ番組でこのエピソードを嬉しそうに語っています。志賀直哉の映画化作品はたとえば、映画200作の吉川英治などと大衆大作家などと比べると極端に少なく、この「赤西蠣太」だけ映画化作品の中でも”突き抜けて当たった”ことも本人が嬉しいがる部分に大きく影響していることでしょう。







『遠山の金さん』と『宮本武蔵』 時代劇形成千両役者との再びの再縁に恵まれる






佐伯清の東映時代は再び片岡千恵蔵との奇妙な因縁が再開します。千恵蔵の当たり役の一つ「遠山の金さんシリーズ」とオールスター要素の1955『勢ぞろい喧嘩若衆』を監督、東千代之介の初の現代劇映画主演作の1956『夕日と拳銃 日本篇 大陸篇』、東千代之介(佐々木小次郎役)と千恵蔵(宮本武蔵役)の2大スターによる1957『佐々木小次郎(1957)』、『佐々木小次郎 後篇』も実積、ここからさらに流れに乗っていきます。


片岡千恵蔵とは1935年に佐伯清が助監督時代に知り合い、1950年代からの移籍や東映時代の活躍の流れに導いたわけであり、監督の師匠の伊丹万作だけでなく、ある種の影の恩師だったともいえるかもしれません。片岡千恵蔵は歴代主演映画俳優の中で戦前からもっとも数多くの映画監督に幅広い良い影響を直接与えています。前回記事の丸根賛太郎も同様ですが、佐伯清も数多くの一人といえるでしょう。



夕日と拳銃 上巻 (角川文庫)
夕日と拳銃 上巻 (角川文庫)

1950年代を代表する時代劇映画スターの一人の東千代之介が現代劇の主演を務め、檀一雄の原作の「夕日と拳銃」を佐伯清が『夕日と拳銃 日本篇 大陸篇』として映画化しました。『夕日と拳銃 日本篇 大陸篇』はCS放送で再放送されており、個人的にも録画しています。




*今回の裏通り記事  ↓    ↓
名匠の霧の小次郎と昭和残侠伝 高倉健が片岡千恵蔵から引き受けた大影響

ウラの前回記事⇒当たり役と時代の荒波の飲み込まれてから10年後の奇跡


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[ 2018/06/28 07:25 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(7)

テレビドラマで実現した通産43年の終着駅 主演俳優の苦悩苦闘の前に欧米人





今回は『旗本退屈男(1973)』 連続テレビドラマ史希少の4巨匠1名匠の豪華布陣集結の「2大巨匠の稲垣浩渡辺邦男」部分で取り上げた稲垣浩渡辺邦男佐々木康、伊賀山正光、佐伯清、山崎大助、龍伸之介の内、稲垣浩に関しては稲垣浩 時代劇1位巨匠がテレビドラマに残した膨大功績群稲垣浩パート2 時代劇1位巨匠がテレビドラマに残した膨大功績群などで取り上げていましたが、他の部分はまだでした、そのため今回はその続きに迫ります。





歴代大スターだからこそ実現す。稲垣浩、渡辺邦男佐々木康、伊賀山正光、佐伯清、山崎大助、龍伸之介の豪華な監督陣






渡辺邦男に関しては以前に取り上げています。天皇の渡辺邦男と松本常保 映画とドラマと 時代と運命と【大進撃】映画界の天皇 渡辺邦男が参加した主なテレビドラマたちを公開で取り上げていましたが、新しく書いてしまったので別なものを投稿します。






その前に改めてテレビ時代劇の『旗本退屈男(1973)』に関する続きです。テレビ時代劇の『旗本退屈男(1973)』は稲垣浩、渡辺邦男、佐々木康、伊賀山正光、佐伯清、山崎大助、龍伸之介の豪華な監督陣で制作されました。そこに至るには長い、実に苦しい流れがありました。43年です。


当時の平均寿命が70歳ほどのときの43年はほんと長期間です。しかも映画時代は映画会社の専属制度なので負担も現代のような気軽さはなく、倍の締め付けがあり、10年のレべルで長期間活躍するだけでも、現在でいう30年以上に相当すると考えています。現在はある程度でも地位があれば長くやれてしまう時代ですが、当時は結果を出さないと常に切られる要素が今以上に激しく強い時代でした。改めてこの43年が今回のキーワードです。





事実上の世界歴代3位の映画スター





旗本退屈男市川右太衛門の最大の当たり役で、数多くの役を演じた中でも突き抜けたイメージが定着した役柄(今で言うキャラクター)でした。市川右太衛門の主演映画300作強、この数字はサイレントのみで活躍した日本最初の映像大スター尾上松之助、市川右太衛門のライバルの一人でもあり、戦後は映画会社東映の重役兼同僚の時期もあった最大のライバルの片岡千恵蔵に次ぐ、世界歴代3位です。現代や過去のハリウッドスターやそれ以外の地域俳優が一生懸命にやっても圧倒的に及ぶことがない異次元の金字塔に到達、彼や彼らはまさに世界を代表する映画界や映画スターを代表する一人といえるでしょう。


市川右太衛門の自分の映画会社の通称・右太プロで『旗本退屈男(1930)』として製作がスタートし、舞踊をモチーフにしたとされる独自に追求したといわれる華やかな立ち回りや独自なしゃべりと言い回し(スタート時はサイレント映画)、キメ台詞、知識に問わず分かりやすい内容などで大きく評判になりましたが、右太プロを畳んで松竹傘下の新興映画に移籍したときの通算9作目の1938年『宝の山に入る退屈男』で製作がストップしてしまいます。







佐々木味津三 イッパツ屋じゃない真実の大原作者に迫れ



旗本退屈男 01 第一話 旗本退屈男旗本退屈男 01 第一話 旗本退屈男
小説家の佐々木味津三(ささきみつぞう)は旗本退屈男の原作者です。

佐々木味津三の代表作は「旗本退屈男シリーズ」だけでなく、「右門捕物帖シリーズ」の原作者としても知られています。この二つは死後も数多く作られ、生涯の2大代表作となりましたし、両方のシリーズが戦前から戦後にかけて同時期に国民的な作品となりました。つまり現代も漫画などで原作者が一つのシリーズだけが突き抜けている人は数多くいますが、それは最低限、佐々木味津三はそれを余裕で上回る二つの国民的作品の原作者だったわけです。

同時期に国民的な作品になったこともものすごいことなのですが、二つの国民的作品の原作者として高く評価すべき点でしょう。所詮一つくらいの代表作は他にも大勢いるある程度レベルなのです。今後も日本でも海外でも一つくらいの国民的作品を生み出す人物は数多く出てくることでしょうが、二つは極端に人数が減少します。突き抜けた代表作が一つだけではなく二つあることの凄さ、これぞ本物です。


テレビドラマでも1950年代後半から2000年代前半にかけて「右門捕物帖」は6度の機会、「旗本退屈男」は5度の機会で何度も映像化されました。つまり二つをあわせると映画とドラマで1920年代後半から2000年代まで70年強にわたって「右門捕物帖」と「旗本退屈男」の2大代表作は繰り返し映像化されているのです。これは嘘ではなく真実です。これも十分に世界レベルの大記録でしょう。







主演俳優の試練 変貌を求められた苦闘の日々





戦後の1950年まで約13年を待つことなり、最低でも2000万人以上、個人的には最低でも3000万人は動員したと考えています。1950『旗本退屈男捕物控 七人の花嫁』で再スタートしたものに、まだアメリカに敗戦後の日本はGHQ統制下であり、自由な作品が作れない状況でした。まさに予期せぬとおせんぼ、欧米人の圧力というどうしようもない到来の嵐に屈するしかない状況が初演俳優を襲ったのです。



正確にはただ娯楽映画を作りたいだけだったわけですが、アメリカ側の勘違いですが、過激や反抗を煽ると考えられていた剣戟シーンまでも封じられ、剣戟を取り入れ成敗を魅力とする部分が集団劇、裁きや捕物要素を持つ作品へ一時的に変貌、しかし1952年にGHQ統制が解除され、本来の旗本退屈男の魅力が戦後風に戻っていくこことなりました。



その中でも1956年の年間観客動員第5位に『旗本退屈男 謎の幽霊船』(監督は巨匠・松田定次)がランクインしました。この『旗本退屈男 謎の幽霊船』は通算20作目&カラー1作目です。カラーを魅力を活かし、色彩の華やかさを全面に作品に押し出し、当時に話題を呼んで観客動員がシリーズ最多を記録したのだと考えられます。これまでにない新しい旗本退屈男を観客に提示したわけです。





GHQの日本洗脳 70年続いた「支配システム」の呪縛から日本を解放せよ!
GHQの日本洗脳を説いた書籍 表上は開放されたことになっていますが、何代をふてもその呪縛はとかれることがなく、今喪何らかの支配が続いているのかもしれません、



テレビドラマというよりも映画が多めですがさらに裏側に続く
     ↓     ↓
当たり役と時代の荒波の飲み込まれてから10年後の奇跡


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「嘘と誠」西城秀樹の死真実 マスコミ報道がまたやらかした嘘




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[ 2018/05/29 00:00 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(9)

テレビドラマ界のシークレット厳守 東宝と東映の公武合体の証拠を紐解く



1960年代のテレビドラマに形成や確立にはライバル会社同士の交わりが存在していました。今回はその部分にもスポットを当てていこうと考えています。「テレビドラマ界のシークレット厳守 東宝と東映の公武合体の証拠を紐解く」スタートです。



前々回⇒【三船プロ秘録】金の種亡き父親にすがる息子 野武士に稲垣ドラマの全真相の3見出し目の「野武士とこの製作プロダクション 今も金の種の亡き父親にすがる息子の姿」の部分に関連した記事です。




五人の野武士』に秘められた東宝と東映の公武合体 その証拠を暴く





三船プロダクションが製作に関与したテレビ時代劇『五人の野武士』の監督は、東映の時代劇映画の黄金期に貢献した映像化の名手の萩原遼(A)内出好吉(B)が事実上のチーフ的役割を果たしている作品でした。この二人の参加担当話数は通算14回であり、二人だけで全26話の半分を越しています。萩原遼はもっとも重要な基礎となる1、2話などを担当し、内出好吉は最終回を含む10話を担当しました。さらに大映出身で東映やユニオン映画のテレビドラマに多く参加した西山正輝、東宝や三船プロ(配給は東宝)で助監督で東宝映画に参加した経験がある丸輝夫が中心で参加していました。全体は東映の印象です。



(A)萩原遼=特に戦後に活躍したほぼ娯楽時代劇映画の名匠の一人、名プログラムピクチャーでもあり、数多くのヒット作を量産した。特に映画俳優は片岡千恵蔵との16作、中村錦之助との19作、東千代之介と11作の名コンビで知られる。




さらに萩原遼に関しては長くなるのでコチラのウラブログ ↓  ↓
超豪華製作陣営 東宝関連のテレビドラマに東映の2名匠が困窮




(B)内出好吉=時代劇の大巨匠の伊藤大輔のヒット作『おぼろ駕籠』(1951)で助監督を経て、松竹で監督デビューするが大きな成果は挙げられず、数年で東映へ移籍、その後の上位から数番手扱いの映像化監督として定着


更なる内出好吉に関してウラブログ  ↓   ↓
超豪華製作陣営 東宝関連のテレビドラマに東映の2名匠が困窮




新諸国物語 「笛吹童子」 [DVD]
新諸国物語 「笛吹童子」 [DVD]
映画監督やテレビドラマ監督の萩原遼は上記の『新諸国物語 笛吹童子』3部作(映画)も代表作です。



金正日 隠された戦争―金日成の死と大量餓死の謎を解く (文春文庫)
金正日 隠された戦争―金日成の死と大量餓死の謎を解く (文春文庫)
この↑の萩原遼とは別人です。この人は映画監督やテレビドラマ監督のではなく作家であり、同姓同名なだけです。




五人の野武士』 脚本の全体は東宝関連





脚本も全体は東宝関連でした。1950年代の東宝映画の最大の黄金期を支えた大脚本家の笠原良三(C)が1,2話を含む、3回を担当、東宝を中心に東映でも活躍した娯楽脚本家の松浦健郎(D)が最終話を含んだ4話、今回全体で取り上げている藤木弓(稲垣浩の脚本家の名義)が3回、さらに名映画監督の岡本喜八、大脚本家の八住利雄(E)も東宝で活動した人物です。脚本牡中心は完全に東宝メンバーで彩られています。



(C)笠原良三=「社長シリーズ」、「サザエさんシリーズ」、「大番シリーズ」、映画版「お父さんはお人好しシリーズ」など多数のシリーズ代表作、東宝の戦後の娯楽路線の映画黄金期を支えた大脚本家、1950年代中盤から1960年代にかけての東宝の東映に次ぐ全体の2位に大きく貢献 大ヒットよりはスマッシュヒットが多く、脚本数は日本映画の長編映画で歴代2位の260作ほど、現在でも知る人は知る人物です。長編映画の脚本数で世界歴代1位は時代劇映画のトップ脚本家の八尋不二です。

*「お父さんはお人好し」はラジオが爆発的にヒットしたことで有名であり、ラジオの大ヒットを受けて、映画化されました。



(D)松浦健郎=日本映画黄金期の1950年代から1960年代を中心に東宝、東映、日活を中心に名作、大ヒット作を現代劇と時代劇を問わずに多く手掛け、短期間に大活躍した娯楽脚本家の大名手です。通産映画脚本数150強。

松浦健郎は、片岡千恵蔵の『無法街の野郎ども』や『ギャング忠臣蔵』などの通称「千恵蔵のギャングシリーズ」、『地獄の底までつき合うぜ』の「千恵蔵のギャングシリーズ」の内部編ともいえる「地獄シリーズ」、「千恵蔵の遠山の金さんシリーズ」の『さいころ奉行』、鶴田浩二の『弥太郎笠 前後篇』や『ハワイの夜』、マキノ雅弘監督の東宝の「次郎長三国志シリーズ」の1~7作目、稲垣浩監督の『佐々木小次郎』の3部作と『佐々木小次郎(総集編)』、石原裕次郎の『風速40米』、『天下を取る』、『喧嘩太郎』、高倉健の初期の代表的「大学の石松シリーズ」、三船敏郎の『新選組(1969)』が主な代表作です。


松浦健郎の名前は当時の大活躍ほど現代に知られていないため、今回は多めに取り上げました。


新選組[東宝DVD名作セレクション]
新選組[東宝DVD名作セレクション]
豪華キャストか集結した三船敏郎の『新選組(1969)』。監督の沢島忠はとある大俳優などの起用などを巡って東映と揉めて飛び出したとも言われますが、本人は東映のレジェンドトークという番組でこのことを否定していました。どちらにしても東映をフリーとなり、東宝で監督したことは事実です。その沢島忠監督は2018年に入って91歳で永眠されました。また沢島忠に関してもどこかで取り上げたいと思います。




東宝歴代トップの大脚本家の八住利雄 文芸映画と娯楽映画の無双の活躍





(E)八住利雄=映画脚本数通産240強、東宝の1930年代の初期から戦後の1960年代前半までの最大の黄金期にかけて大活躍、戦後は笠原良三とともに東宝の2大脚本家として知られる。


*(E)は見出し「『五人の野武士』 脚本の全体は東宝関連」の部分からです。



さらに続きはキーワードが多すぎるため続きはこちらへ移動公開
   ↓   ↓ 4月5日公開
映画240作の歴代大脚本家の八住利雄の知られざる扉を取り払う



五人の野武士』の監督と脚本家たちは現代では考えられない俳優以上に豪華メンバー






五人の野武士』の監督と脚本家たちは現代では考えられないレベルの実積の持ち主たちでであり、俳優以上に豪華メンバーが揃ったことがわかります。


『五人の野武士』の豪華監督と脚本家たち
監督 萩原遼、内出好吉
脚本 笠原良三松浦健郎、藤木弓(巨匠・稲垣浩の脚本家の名義)、岡本喜八、八住利雄


俳優と脚本家は東宝が中心、監督は東映の印象が強く、東宝強めの共同制作のような印象を残します。『五人の野武士』は貧しい人々を描いたあらくれものたちにスポットを当てたテレビ時代劇でもあり、映画『七人の侍』(黒澤明)のデフォルメや映画『戦国無頼』、『戦国群盗伝』(両方とも監督は稲垣浩)などの要素を感じさせてくれます。聞こえが悪いですが三船プロによる真似の要素もあります。この辺の作品からヒントを得たことでしょう。稲垣浩が脚本で『五人の野武士』に参加したのは以前の自分の監督作品の要素が存在しているからかもしれません。


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取り上げているドラマがあまり商品化されていないので、多くは映画関連になってしまうのは致し方ないとして、最後はテレビドラマ『五人の野武士』です。これでようやく結び目が締まりました。



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[ 2018/03/29 00:00 ] レアドラマ探検隊 | TB(0) | CM(0)

稲垣浩 時代劇1位巨匠がテレビドラマに残した膨大功績群



今回は「稲垣浩 時代劇1位巨匠がテレビドラマに残した膨大功績群」と題して進んでいきます。

前回の裏通りで「テレビドラマに4大巨匠と1名匠の超豪華布陣が集結 『旗本退屈男(1973)』の謎」を公開しました。この関連を今回は掘り下げて取り上げていきます。もちろんドラマブログなので、テレビドラマに関連した部分も登場させる予定です。


前回記事⇒【2大衛門劇場】中村吉右衛門と市川右太衛門のターニングポイントドラマに肉迫




比較的に簡単に説明できる履歴の時点であまりたいしたことない人物





テレビドラマ『旗本退屈男(1973)』は2クールのつまり、半年間放送されたドラマとしては異例ともいえる豪華な監督陣でした。その証拠の一端をお届けいたします。


稲垣浩と渡辺邦男、佐々木康は実積が数多くある巨匠なのでおおまかな部分が中心になります。テレビなどは一分の人間だけを優遇するやり方が中心で、きちんと取り上げないので名前さえも知らない方がいるかと思います。ですが、テレビなどが優遇している人間よりも実積が上回る部分が数多く存在しています。


最初は稲垣浩です。彼と渡辺邦男がこの監督陣の中ではもっとも説明が困難な巨匠です。困難なことは基本的に実積が数多くあることを意味している場合が多いですし、俳優はこのブログでも常連の片岡千恵蔵や月形龍之介は多彩に数多くで実積があるため大変に困難です。それだけ現代への影響や貢献も最上級です。比較的に簡単に説明でき履歴の時点でそれほどたいした人物ではありません。これはどの分野でもある程度は通じています。


映画ポスター 監修:稲垣浩「大殺陣!大会」
映画ポスター 監修:稲垣浩「大殺陣!大会」

映画の上映のポスター。昭和51年6月21日(土)の渋谷公会堂とあり、昭和51は西暦で1976年です。さらに「キネマと舞台構成による 堂々六時間」と書かれており、これは映画と実演の殺陣を舞台上で披露したと考えられます。映画ポスターの監修が当時まだ存命だった稲垣浩だと残されており、色々と貴重な品です。




稲垣浩の映画界やテレビドラマ界 芸能界 現代への大きな貢献





・稲垣浩 13、15話  『旗本退屈男(1973)』の担当話数
時代劇4大巨匠に数えられ、時代劇の父の伊藤大輔に次ぐレベルで、時代劇や時代劇映画の形成に大きく貢献。通産の代表数では伊藤大輔を上回る。戦前から数十の代表作や後世への多大な影響力、1920年代後半から1930年代にかけて、主演330作以上の超大スター片岡千恵蔵と戦後の映画やテレビの娯楽時代劇や東映時代劇の基本となる”明朗時代劇の形成と牽引”、その後も多くの有名題材(宮本武蔵など)や股旅映画でも大成功。


片岡千恵蔵の映画会社の千恵プロ(*1)を日本のアート監督=映画作家の草分けの巨匠の伊丹万作と共に映画スター会社のトップの大成功に導く、戦前の日本映画界に旋風を起こし、当時の映画の最大の評価の一つ、数多くのベストテン賞に千恵プロ作品のみで20作近くがランクイン(*2)、通産の千恵蔵との名コンビは主に30作の代表作とコンビ数は現存版を含めれば50作近くに及びます。



(*1)千恵プロ=片岡千恵蔵プロダクション=映画スター片岡千恵蔵の映画製作会社、伝説の映画会社、映画スターの映画会社として1920年代の終盤から1930年代にもっとも成功し、もっとも多くの代表作を残した。ライバルの阪東妻三郎や嵐寛寿郎、市川右太衛門などの映画会社の受賞数や評価においては少なくても圧倒しました。ですが、観客動員においては余り差がなかったことが考えられます。


(*2)現在の映画界でいうとこの数倍以上の映画賞の受賞数に該当します。


千恵プロ時代―片岡千恵蔵・伊丹万作・稲垣浩 洒脱にエンターテイメント (映画読本)
千恵プロは大スターの片岡千恵蔵、伊丹万作、稲垣浩の3人ばかりはクローズアップされがちですが、時代劇映画を代表する大撮影者の石本秀雄の大ブレイクに導き、助監督で戦後に大活躍する名匠の佐伯清の発掘、長谷川一夫ともっともコンビを組んだ巨匠の衣笠貞之助の弟の衣笠十四三(きぬがさとしぞう)がデビュー、さらに千恵プロの映画製作などの数々の資金管理の役割の会計係を果たしたことなど、有名な曾我正史の存在も忘れてはなりません。千恵プロを主に影で支えていた人物です。




テレビドラマの製作にもつながるチームワークの形成と稲垣浩 そして正史





曾我正史(監督名義は振津嵐峡の読み=ふりつらんきょう、曾我は別字で曽我)は、千恵プロの伊丹万作や稲垣浩の代理監督や千恵プロの資金管理で大きく貢献した後、のちに日活の撮影所製作部長、大映京都撮影所の取締役所長などいくつかを経て、戦後にニッポンシネマコーポレーションの取締役会長などによる映画界に多くの貢献や発展に尽力しました。曾我正史の実積でもありますが、これも大人物の片岡千恵蔵がいなければ無かったことであり、彼の実積の一部にもなります。


千恵蔵はただの大映画スターではありませんでしたが、大河内傳次郎(別字で大河内伝次郎)は自分が会社を持つことがなく、自信なかったのか、才能がないと承知していたのか、タイミングを逃したのか、生涯自分の映画会社は持ちませんでした。
長谷川一夫は片岡千恵蔵などの影響を受けて戦後直後に自分の映画会社を作りましたが、成功できずに残念ながら失敗してしまいました。東宝も良い部分もあるのはあることはあるのですが、長谷川一夫が東宝の関係者だからでしょうか、マスコミはこれを都合良く無視します。今では映画会社の失敗事実が無かったことになっています。

しかし片岡千恵蔵は大成功、俳優だけではなく、リーダーやトップとしての才覚を持ち、千恵プロを真の伝説の映画会社に導きました。



曾我正史(監督名義は振津嵐峡)は千恵プロの伊丹万作や稲垣浩の代理の監督と書きましたが、伊丹万作や稲垣浩は体が強くなかったことでも有名です。なので片岡千恵蔵は二人の脚本や原作は使用しながら、映像化してくれる代理の監督を立てることがありました。体が弱い監督とわかりながらあえて自分の映画会社にこの二人を採用と起用し、しかもメイン監督として維持させたことも一つの驚異驚愕です。それだけこの二人の才能を買っていたし、人を見る能力にも優れていました。

あえて才能を秘めた毒を起用し、毒を上手く制することで他にはない花が開くわけです。1920年代の後半からこんなことができる人物は他にほぼ誰もいませんでした。当時ならなおさらですが、自分の大事な映画会社に体が弱い監督は才能があってもなかなか起用や採用は困難です。チワワドラは片岡千恵蔵の価値観にとらわれない所も高く評価しています。




稲垣浩のテレビドラマへの影響と超大スター片岡千恵蔵の存在の大きな貢献の一つ





鴛鴦旅日記 [DVD]
上記写真の片岡千恵蔵 時代劇に合うほんと良い表情をしています。


この『鴛鴦旅日記』(1929)も稲垣浩と片岡千恵蔵の現存版含むと50作を越す、日本映画で歴代上位の名コンビの数多い代表作の一つと考えられています。『鴛鴦旅日記』は残念ながら部分的に場面が欠落しているため、オリジナル版ではありません。オリジナルと現存版の2作があります。

鴛鴦旅日記』は大当たりした時代劇のジャンルの股旅時代劇映画です。男女の恋愛要素と千恵蔵の大きな魅力である明朗要素、さらに股旅要素を散りばめています。今でいうとアニメに近い部分もこの頃の時代劇映画の魅力です。

稲垣浩と片岡千恵蔵はこの股旅時代劇映画の形成の大きな貢献とその黄金期を支え、、戦後は映画界全体の数多くのスターの後輩による股旅時代劇映画、さらにのちの股旅要素のテレビ時代劇にも大きな影響を与えました。


なんとなく承知していましたが、大巨匠の稲垣浩の大まかなすごさでさえ、一記事では取り上げられませんでした。さらに最後はちょっと反れてしまいましたが、こうした千恵プロの脅威のチームワークものちのテレビ時代劇やテレビドラマのお手本になっていたことも事実なので取り上げてみました。映画は自主なら一人で作れても、基本のテレビドラマは一人では作れないからです。




この続き↓ まさかのあのハンフリー・ボガート、早川雪洲、三船敏郎の有名俳優の夢の共演のその真相は↓
稲垣浩パート2 時代劇1位巨匠がテレビドラマに残した膨大功績群


映画愛子の愛ある新ブログが始動 一直線女子の映画向上会↓ ↓
あの森繁久彌も片岡千恵蔵を大きく下回る現実を暴露投下 
                       最初はやはり歴代№1映像俳優千恵蔵なのか?


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チワワドラ生き様(全記事)
「七剣聖」 映画・テレビドラマ・芸能史に輝く世界の金字塔 世界1位の日本を誇れ

  • 世の中に多様な映像スター(主演俳優)の概念を定着させ、映画だけではなくテレビドラマ、時代劇映画、時代劇のテレビドラマ、映像芸能の世界に大きな足跡と幅広い影響を与え続ける世界の金字塔


  • 7名の総主演映画数は最低でも1600作、総出演数は2400作に上り、これは世界歴代に前人未到の功績


  • 片岡千恵蔵 市川右太衛門 長谷川一夫 嵐寛寿郎 阪東妻三郎 大河内傳次郎 月形龍之介を歴代トップ7と称して『七剣聖』と呼ぶ(左から主演数順)

  • 七剣聖のほかに、片岡千恵蔵 市川右太衛門 長谷川一夫 嵐寛寿郎 阪東妻三郎 大河内傳次郎を『時代劇六大スター』(時代劇形成の戦前1920年代後半から1940年代かけてトップ6の意味と大きな活躍、その黄金期から戦後にかけて)と呼ぶこともあり
  •  
  • 特に観客動員1の東映は片岡千恵蔵と市川右太衛門のトップ、長谷川一夫は大映のトップとして戦後の映画黄金期(特に7年連続観客動員8億人の1955~1961)のいわゆる”黄金の7年”に多大な貢献と功績をもたらす、膨大な後輩たちやテレビドラマに大きく影響

  • これらは未来や海外に伝えるべき重要な事実

  • AD 生き生き旅立ち
    日本のために「ゲンジツ」知ろーよ(# ゚Д゚)
      【ゆっくり解説】韓国韓流映画、人気なさ過ぎて観客数水増しして大量書類送検

    <ブラボーコメント>

    ・そもそもK国やC国が出す数字なんて、信じる人いるの?

    >騙される数パーセントの韓国馬鹿信者がいる。ほんとコロっと騙されるのだ。韓国はマスコミとグルになり「頭の悪い若い女性や若年層」を狙い打ちしている捏造オンパレードの罠。韓国関連に日本経済のためにぜったいお金を流すな!!自分で自分たちの首を絞めるな!

     

    韓国、BTSのビルボードチャート不正対策でやらかしばれる【ゆっくり解説】

       

    <ブラボーコメント>

    ・複数買いを除外できるビルボードの技術力すげえな

    ・流石に正式な数を掴もうとする世界のビルボードは流石ですね。民放のカウントダウン番組、日本のオリコンとかは普通に複数買いを認めたりしてますよね。昔のラジオ番組とかは、ハガキ1000枚送れば1000ptにされていて、10週連続とかもありえたもんだけどな~。そういう身内のノリでヌルいことは許さんの精神、流石ですわ。

    ・何であんなのが売れてるのかサッパリわからなかったけど納得しましたわ

    ・日本の場合はKに乗っ取られたメディアが買ってるんでしょう 一定のファンはいるでしょうけどコラボ商品が捨て値で投げ売りされてても残ってるんだから人気はないと思う

      【朗報】韓流がごり押しされていたNetflix、ランキング仕様変更した結果韓国ドラマが完全消滅【ゆっくり解説】

    <ブラボーコメント>

    ・やっと対策したのか。ずーーーっと前から言われてて韓国ドラマとか韓国映画とかがTOP10で表示されるから邪魔だったし不愉快だったからもうネトフリ解約しちゃったんだよね。

      【海外の反応】韓国「不正だらけ…」Netflixが韓流ゴリ押しを禁止にした結果➜韓国全ランク外!日本アニメが上位を独占www 韓流ブー

    <ブラボーコメント>

    ・稚拙なごり押しを許している日本のTVメディアがもっと情けない。

      【K-POP再生回数、ねつ造】韓国音楽協会が声明!「不正行為が常態化」米ビルボードも集計基準変更。K-POPの不正を牽制。   【韓流の嘘】AppleMusicの統計でもK-POPよりJ-POPのほうが人気があることが判明してしまう【ゆっくり解説】

    <ブラボーコメント>

    ・それでもK-POPをゴリ押しをする紅白歌合戦とレコード大賞

     
    (TДT)―サ・ヨ・ナ・ラ・中国―(TДT) 定期更新
      【中国】若者失業率が60%を超えた!?もう隠せない経済崩壊【ゆっくり解説】

    <ブラボーコメント>

    ・仕事探しに、日本に来るな!!

    ・GDPは宛にならないランキングです。経済ランキングなら中国はかなり下の方。ちなハントーは最下位

    >デマだらけのテレビマスコミは10~20と伝えるがそれは嘘だと言われている。専門家によると40以上とされ、現実は40~60の範囲か?

    ・衰退の仕方が、三国志時代前から同じで、全く歴史から学ばない国でww

    ・破滅へ全力疾走😂🎉

      【ミヤネ屋独自】中国の元”スター記者”激白!中国共産党『言論弾圧』の実態 伝えられない不都合な真実「もう中国には戻れない」

    <ブラボーコメント>

    ・中国にもこの様に勇気ある行動、言論を貫く人がいることに、希望を見ました。頑張って下さい。

    >ミヤネ屋で数少ない評価内容、NHKとつながりのあるCCTVに言論統制された男性 果たしてこの人は本当に信じられるのだろうか?

    日本のマスコミが隠す中国の軽く、1京を越す債務?

      【総集編】中国の経済崩壊がついにクライマックス!もう逃れらない莫大な負債額に習近平は発狂【ゆっくり解説】

    <ブラボーコメント>

    ・こういう話を日本のマスゴミは全く報道しないよな(´・ω・`)

    ・中国の負債、地方政府、中央政府、企業 全部合わせて1.2京円という話もあります。

    ・俺は全部合わせて9京円て聞いたぞw

    ・久々に心温まる、ホッコリとしたニュースでした。www😊😊😊😊

      中国の債務が「1京3000兆円」という驚愕事実が発覚し、誤魔化してきた経済崩壊が決定的に!【ゆっくり解説】

    <ブラボーコメント>

    ・日本に入国する中国人にはさらに注意が必要。日本の福祉が食い荒らされます。

    ・3年前のコロナ禍で帰国をしました。その頃既に北京でさえ、自給自足をして生活する市民を見てびっくり。川は汚染物質で臭いのにその水で野菜を作り食べていました。もちろん私の工場も立ち行かなくなったので、その前に畳んだのです。考えてみれば、もう5年も前に中国はダメになってたんだね。❤

     

    ・素晴らしく良く纏められた動画だった。自称ではない「神回」。